2021.05.13

名手・荒木雅博がイップスの恐怖に引きずり込まれたウッズの守備範囲

  • 菊地高弘●文 text by Kikuchi Takahiro
  • photo by Sankei Visual

 20代半ばから約10年間にわたり、右肩痛と付き合っていた。1番打者としてヘッドスライディングで右手をつくプレーが多いだけに、避けられない故障だった。痛む右肩をかばい、なんとか腕を振って一塁に投げても、守備力の乏しいファーストが捕ってくれない。つい「それくらい捕ってくれよ」という嘆き節が口をついた時期もあった。

 当初は、守備固めの名手・渡邉博幸がファーストにつけば、思い切り腕を振って投げられた。だが、徐々に「あれ、どうやって投げていたっけ?」と感覚が狂っていく。気づけば、イップスという泥沼に両足がどっぷりと浸かっていた。

「最初は渡邉さんがファーストにいれば、もう気持ちよく投げていました。『この人なら投げられるけど、あの人は怖いな』という状態でしたね。でも、最終的には誰が相手でも変わらなくなってきたんです。『あ、やべぇな、これ。どの人でも怖いな......』と思うようになってしまった」

 チーム内はもちろん、ライバル球団にも荒木のイップスは知れ渡っていく。荒木は「プロ野球でイップスなんて、隠せませんから」と断言する。年間通して何度も戦い、お互いに超一流の技術と観察眼を持ち合わせているプロ同士なのだ。ぎこちない仕草や動作があれば、すぐに目についてしまう。

 時には相手ベンチから心ない野次が飛んでくることもあった。本人は今でこそ「昔はそういう時代ですから。今はそんなひどい野次は飛んでこないですよ」と振り返るが、当時は深い絶望に襲われたことは想像に難くない。

 だが、荒木は「これだけははっきりと言っておきたいんですけど」と強く念押ししたうえで、こう語った。

「ウッズのせいではなかったんです」

 イップスに苦しむ渦中には他人のせい、故障のせいにする時期もあったという。だが、荒木はそのままでは先がないことに気づいた。

「人のせいにしている間は、ゴールは見えてこないので。『あれくらい捕れよな』じゃなくて、『捕れるところに投げよう』と持っていかないと。『この人なら投げられる』と思っても、その人が試合に出ていないときはどうするんだ? という話で。もし人が変わって投げられたとしても、本質は改善できたことにはならないんです」