2021.05.01

ソフトボール界の怪物はプロ野球入りを勧める恩師に「就活の邪魔をしないで」と憤った

  • 菊地高弘●文 text by Kikuchi Takahiro
  • photo by Sankei Visual

 大学卒業後は群馬に戻り、高崎市役所に勤めたい希望を持っていた。高崎市役所のソフトボール部は全国指折りの強豪で、新島学園OBも多く在籍していたのだ。

 国体への参加を希望した理由も、群馬県のチームが高崎市役所のメンバー中心で構成されており、公務員試験の相談ができる皮算用があったからだ。大嶋にとっては就職活動の一環だった。

 しかし、吉村は本気で大嶋を野球界に送り出すつもりだった。大嶋は大学1年時、神宮外苑にあるバッティングセンターに呼び出され、ある重鎮と対面する。王貞治を指導した名コーチ・荒川博(故人)である。吉村が荒川に、大嶋の指導を依頼したのだ。

 荒川は大嶋の才能を認め、「本人次第ではプロになれるかもしれない」と言ったという。だが、大嶋は荒川の独特な理論を理解できずに戸惑っていた。

 荒川から「ボールを刀で斬るように!」と指示されても、「刀を持ったこともないからなぁ......」とピンとこない。武道のエッセンスをバッティングに応用する荒川の話は、途方もなく別次元の世界に思えた。

「インパクトの瞬間にバットのヘッドから『ペッ』と気を出せ、と言われたんですけど、僕には全然イメージできませんでした」

 まごつく大嶋に荒川はインパクトの理想の形を示そうと、大嶋の腕を自らの手で抑えた。当時79歳とは思えない凄まじい握力に、大嶋は「めちゃくちゃ強くて驚いた」という。大嶋にとって、初めて「プロ」を感じた瞬間だった。

 吉村の人脈から日本ハムの敏腕スカウト・大渕隆も視察に訪れた。野球のプレーを見てみたいという大渕の提案もあり、大嶋は社会人・セガサミーの練習に月2~3回のペースで通うようになる。

 セガサミーでの練習は楽しかった。大嶋は「行くたびに学びがあった」と語る。

「みなさんが本当に優しくて、ソフトボール選手の自分を快く受け入れてくださってありがたかったです。DeNAに入る前の宮﨑(敏郎)さんや赤堀(大智)さんにはよく面倒を見ていただきましたし、澤良木(喬之)さんにはよくバッティングを教えてもらいました。本当にみんな、いいお兄ちゃんという感じでしたね」