斎藤佑樹「野球をやめなきゃいけないのか」。引退が頭をよぎり、重要な選択を迫られた (6ページ目)

  • 石田雄太●文 text by Ishida Yuta
  • photo by Ichikawa Mitsuharu(Hikaru Studio)

 そうだった。

 斎藤はそういうタイプなのだ。だから今も前向きに、楽しそうに日々のピッチングに励んでいる。フォームをスマホで撮影して、チェックして、いろんな人の話に耳を傾け、どこかに正解はないかと探すのが楽しくて仕方がないといった空気を醸し出すのである。斎藤が続けた。

「これ、人間の悪い部分でもあると思うんですけど、僕もヒジの靱帯が切れていたことを自分の中で言い訳にしたところはあったと思います。思うようなボールが投げられなかったのは力のせいでも歳のせいでもなく、ヒジの靱帯が切れていたせいだったのかと......じゃあ、結果が悪くてもしょうがないよねって、そう思いたかったんでしょうね。でも、だからこそヒジが治ればいいボールを投げられるはずだって考えることができたんです」

 10年のプロ生活を終えたところで、手にした勝ち星は15。ここ3年は勝てていない。昨年は一度も一軍に上がれなかった。10年前のはちきれんばかりの期待に応えたとは言い難いし、斎藤自身も苦しくなかったはずはない。思うに任せない現実に対して、葛藤も悔しさも、やるせなさもあったはずだ。それでも、そういうネガティブな気持ちを心の中で消化して、ポジティブなエネルギーに変換する能力を彼は携えている。

 野球をやりたい気持ちを変わらずに持っていて、そんな斎藤への期待をファイターズは持ち続けている。だから契約を交わしているわけで、その判断が彼の高校、大学、プロに入ってからの特別な存在感を勘案してのことだったとしても、それが球団の編成方針ならばその結論に個人的な賛否こそあれ、是非はない。

 にもかかわらず、ネット上では「クビにしろ」だの「代わりにクビにされた若い選手が気の毒だ」だのといった見当外れなバッシングが飛び交う。まして「入団時に長期契約を交わした」とか「球団からは解雇しないという密約がある」などと、あろうはずがないことを囁かれて揶揄される筋合いはないだろう。しかしながら不思議なのは、そうした心ない声が増すほどに、斎藤からは野球が楽しいという空気が伝わってくることだ。プロ野球選手として崖っぷちに立たされているはずなのに、いったいなぜなのだろう。

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