2021.03.26

「開幕はエース」の時代の終わり。変わりゆく野球と近年のローテーション事情

  • 谷上史朗●文 text by Tanigami Shiro
  • photo by Koike Yoshihiro

 佐藤自身の開幕投手について話を向けると、こんな時代を感じさせるエピソードが返ってきた。じつは、初の大役を任された1987年の開幕には苦い思いがある。それまで12年連続開幕投手を務めてきた山田に代わり、佐藤が抜擢されたのだが、これは当時の阪急にとっては"大事件"だった。

「開幕4、5日前の練習中に上田(利治/当時監督)さんから言われてね。その時は『えっ、なんでオレなの?』って、うれしい気持ちなんて少しもなかった。だって、うちの開幕は山田さんって誰もが思っていたし、ましてあの年は山田さんの13年連続開幕投手の世界記録がかかっていた。

 山田さんもオレに怒っているわけじゃないけど、面白くなかっただろうし、しばらく口を聞いてくれなかった(笑)。チームも変な空気になって......精神的にキツかった。もちろん、上田さんなりの考えがあってそうしたんだろうけど、『なんであのタイミングでオレだったの?』って理由を聞いてみたかったですね」

 この年の前年、佐藤は最優秀防御率のタイトルを獲得し、その前々年には21勝で最多勝に輝いていた。成績だけを見れば開幕投手に指名されても誰も驚かないが、それでも阪急には山田がいた。まさに、大エースのいた時代ならではの事件だった。

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 佐藤は現役引退後、阪神、日本ハム、楽天、ソフトバンクで一軍投手コーチを歴任。当然、開幕投手選びにも関わってきた。コーチとして、開幕投手を決める際、監督と意見が食い違うようなことはなかったのだろうか。

「そこはなかったね。阪神の時は井川(慶)がいて、楽天では岩隈(久志)、田中(将大)、則本(昂大)......。少し考えたのは、田中がWBCに出た時(2013年)くらい。開幕で投げるには日程的に余裕がないということになって、それで星野(仙一/当時監督)が『田中が難しいなら、新人に任せるもの面白い』となって、則本になったんです。状態もよかったですから。

 また、ソフトバンクの時は攝津(正)が2回くらいやってくれて、日本ハムでは金村(暁)とダルビッシュが初めて開幕をやった時はオレがいた時だったね。オレがコーチをしたチームにはエースと呼べるピッチャーがまだいたし、開幕投手にしても順当だった」