2021.02.22

59年前、ミスター長嶋に憧れ、プロ野球に電撃入団した韓国人がいた

  • 高橋安幸●文 text by Takahashi Yasuyuki

 いわば、白さんは今も教え子を見守っていることになる。形としては、松井秀喜が所属するヤンキース戦中継で、巨人時代の監督の長嶋茂雄が解説するようなものか。デーゲームに合わせて球場入りする前の午前9時、30階の一室を訪ねると、白さんは笑顔で右手を差し出してくれた。反射的に交わした握手はあまり力強くなく、温かく、微(かす)かに残っていた緊張も解ける。

 名刺を交換して、あらためて白さんに面と向かうと、背丈は身長172センチの僕と同じぐらいだが、薄手のハイネックのセーターに包まれた上半身は肩周りからがっしりとしている。つやつやとして張りのある肌は66歳(当時)という年齢を感じせず、細い目の下、頬骨から厚みのある顎(あご)にかけて引き締まった容貌は精悍そのものだった。

 眼下に白いドームが見える窓際、ソファに深く腰かける白さんと向き合った。ガラス製の丸テーブルの上、ティーバッグの緑茶を自ら供してくれていた。細やかな気配りに恐縮しつつ、僕はまず野球人生の原点を尋ねた。

「本格的に野球始めたのは高校からですけど、最初、僕が日本のプロ野球に興味を持ったのは中学2年の頃です。『ベースボール・マガジン』とか『野球界』とか、本で長嶋さんの写真見てね。『うわー、これ、素晴らしいね。この人すごいね』言うて」

 テーブルに置かれた雑誌を手に取り、当時の様子を再現してくれている。声はしゃがれていて、日本語を話す外国人特有の抑揚も感じられるが、口調は関西弁そのもの。62年の東映入団当時、周りに大阪出身の選手が多かったためだという。

「それで『俺は一回、この人と一緒に野球やってみよう。やれたらどんなに幸せだろう』って、ポッと言うたんです。そしたら隣にいた先輩からポーンと頭を殴られて、『馬鹿じゃないか、こいつ』言われた。で、『それはやってみないとわからんじゃないか』って、ちょっと食ってかかったら、『馬鹿言え』ってまたボロクソに言われました。はっはっは」