2021.01.28

「人的補償最高! ありがとう!」巨人より中日で長く続けた小田幸平の自負

  • 森大樹●取材・文 text by Mori Daiki
  • photo by Kyodo News

 周囲が動いてくれたということは、小田の普段の姿勢が認めてられていたとも言えるだろう。中日へのスムーズな移籍を可能にしたのも、野球以前に人としてコミュニケーションを大切にしてきたことの賜物だった。

「コミュニケーションについては狙ってやっていたというより、『やっておいてよかった』とあとから気づくことが多かったですね。もともと、キャッチャーはコミュニケーションを取ってピッチャーに好かれないとやっていけないと思っていました。僕は打てるキャッチャーでもなかったし、ドラフト4位だし、なおさらコミュニケーションを取っていかないといけない。巨人時代に清原(和博)さんや桑田(真澄)さんたちと関わる中で自然に教えられた感じです。

 印象に残っているのは、巨人に入団したての頃、ブルペンで桑田さんのボールを初めて受けた時のこと。桑田さんが立ち投げで投げたカーブが僕の膝に当たったことがありました。想像以上に曲がったので捕れなかったんです。バッティングがダメな分、守備で魅せようと思っていた僕はショックを受けました。そこに、投球を終えた桑田さんが近寄ってきて、『キャッチングうまいね』と声をかけてくれたんですよ。そこから、守備では絶対に誰にも負けないと心に誓いました」

今年からは三菱重工Westのヘッドコーチを務める photo by Mori Daiki その決意に違わず、小田は守備面を中心に力を伸ばしていく。ブロックについては故・野村克也氏からも褒められるほどのストロングポイントになった。また、中日から人的補償に選ばれた理由として、のちに落合博満監督から「アライバ(荒木雅博、井端弘和)の盗塁を阻止していたから」と明かされたという。