2021.01.27

NPBで才能開花→MLBで大ブレイク。日本で前評判を覆した助っ人たち

  • 浜田哲男●取材・文 text by Hamada Tetsuo
  • phoho by Sankei Visual

 しかし、2014年オフに巨人への移籍が決まると風向きが変わった。2015年に来日1年目の外国人投手として史上初となる「シーズン10連勝」をマークするなど13勝(3敗)を挙げ、2017年には開幕投手を任される。ツーシームや縦に大きく割れるカーブを武器に安定した投球を継続し、巨人在籍3年間で通算31勝(13敗)、防御率2.18という成績を残した。

 日本での活躍が認められ、セントルイス・カージナルスと2年1550万ドル(約17.5億円)で契約合意。メジャー復帰1年目は開幕6連勝を含めた18勝(4敗)を挙げ、マックス・シャーザーやジョン・レスターらと並び最多勝に輝いた。そして2019年には、4年総額6800万ドル(約75億2000万円)で契約延長に合意。ケガの影響で2020年は登板なしに終わったものの、またマウンドで輝きを取り戻してほしい。

 2000年代後半に広島のエース格として君臨したコビー・ルイスも、日本での経験を糧にメジャーで躍動した。1999年のドラフト1巡目でレンジャーズから指名を受け、将来を嘱望されていたものの、2003年に10勝(9敗)をマークして以降は振るわず。メジャー通算5年で12勝(15敗)と伸び悩んでいた。

 2007年オフに広島に入団すると1年目から活躍する。5月に4勝(1敗)、防御率1.60で月間MVPに選出されると、以降も順調に白星を重ねてチームトップの15勝(8敗)、リーグ2位の防御率2.68をマーク。与四球27は規定投球回に到達した投手では両リーグ通じて最少で、抜群の制球力を誇った。もともと制球に難があるタイプだったが、日本の野球を経験して制球力に磨きがかかった。

 翌年も先発の柱として11勝(9敗)をマークすると、2010年には古巣のレンジャーズと契約。復帰1年目に12勝(13敗)、ポストシーズンではリーグ最多の3勝を挙げるなど見事な活躍を見せた。2015年には防御率4.66ながらリーグ5位となる17勝(9敗)を挙げるなど、復帰後6年間で4度の二桁勝利をマーク。2017年は登板なく、翌年1月に引退を発表した。