2021.01.13

「本当によく酒を飲んだ」安仁屋宗八。
初めてオフに遊ばず防御率1位

  • 高橋安幸●文 text by Takahashi Yasuyuki

 この両右腕エースが誕生した68年、広島は球団初のAクラスとなる3位に浮上。新たに根本陸夫が監督に就任し、阪神から強打者の山内一弘、好守の朝井茂治(しげじ)を獲得するなど、補強の面でも功を奏していた。

「あのとき、僕と外木場はね、根本さんに一日500球、投げさせられたんですよ。キャンプも、オープン戦の間も。それだけ一緒に鍛えられただけに、より意識したと思うんです。向こうが勝ったら、離されんように。逆に向こうが負けたら、追い越してやろうと一生懸命になったし。僕、そこまで張り合うのが本当のライバルや、思いますよ」

 先発投手が勝ち星を競い合うことは、最終的にはチーム全体のためになる。その年の広島の3位浮上は、安仁屋さんと外木場さんのライバル意識によって実現したも同然だろう。

「そうそう。あの年、二人で44勝してカープはAクラスに入りましたからね。これ、僕が阪神にトレードで移ったときも同じような感じだったんですよね。前の年は4位だったのが3位に上がって、次の年に2位になって」

 にわかに話が阪神へと飛んだ。投手として、チームの勝利に貢献することが何よりの喜び、ということなのか。だとすれば、阪神に移籍した75年、広島が初優勝したときはどんな思いだったのか。去年までいたチームの優勝に貢献できなかった、という思いはなかったのだろうか。

「そんな未練みたいなもんはないですよ。あのときのオフはカープを見返してやろう、思って、プロに入って初めて、遊ばないで練習したんです。それでタイトルも獲れましたから、自分にとってプラスになったし、阪神の順位も上がりましたので」

 安仁屋さんは74年、首脳陣との確執もあって不調に終わっている。それがトレードでの放出につながったという思いがあり、「見返してやろう」となったのだった。