2020.11.18

球界で光った個性派のメガネ戦士たち。
「大成しない」のジンクスを打ち破る

  • 白鳥純一●取材・文 text by Shiratori Junichi
  • photo by Sankei Visual

 パリーグに目を移すと、ロッテの主砲として活躍した初芝清が思い出される。

 1995年にボビー・バレンタイン監督が就任し、10年ぶりのAクラス(2位)になったチームで、主に5番を任された初芝は自身初の打点王を獲得。翌シーズンはスランプに陥ったが、極度の乱視でボールが見えなくなったことからメガネを着用すると、打撃不振から脱出した。その後、ロッテが31年ぶりに日本一になる2005年にユニフォームを脱いだが、最後までメガネはかけたままだった。

 初芝と同時期に、ロッテのエースとして活躍した小宮山悟も、メガネやサングラスを着用していたひとりだ。しかし小宮山の場合は、マリンスタジアムを本拠地とするゆえの事情があったようだ。

 海岸のすぐ近くにあり、強い海風が吹きつけるマリンスタジアムでは、砂埃がたびたび目に入り、コンタクトが風で飛んでしまう可能性もある。それらを気にせずに投球に集中するため、また、メガネ(サングラス)を着用して登板した試合で完封勝利を挙げたことなどから、その後も継続した。

 上記以外にも、広瀬哲朗(元日本ハム)、オレステス・デストラーデ(元西武)などがメガネ姿で活躍していたが、使い捨てコンタクトレンズの普及や、レーシックをはじめとする視力矯正手術の発達によって徐々に数を減らしていく。現在のプロ野球では、山井大介(中日)や松山竜平(広島)など、ごくわずかになった。

 だが、昨年のドラフト会議では、珍しくメガネ選手が指名を受けた。名古屋大から初めてドラフト指名された左腕、中日の育成ドラフト1位・松田亘哲だ。

 大学4年時の夏には、黒縁メガネを着用してマウンドに上がる理由について、「あえてメガネをしたほうがギャップがあって印象に残るかなって」(『4years.』7月11日)とコメントしている。今シーズンは本契約を勝ち取ることはできなかったが、来年以降の巻き返しに期待したい。