2020.11.08

「ボールが止まって見える絶好調」を、
なぜホームラン王は恐れたのか

  • 高橋安幸●文 text by Takahashi Yasuyuki

「そんだけ見えてるヤツが、だんだんだんだん、普通の状態に戻っていくことが怖いんです。普通は、丸っこいボールがくるだけでしょう? そんときは糸まで見えてるわけです。それがゲームやっていくうちにボヤけてきてしまう。いや、ボヤけるほうが普通なんですけど、ついに丸っこいボールに見えて、ウワーッ! と思うたときにはもう、スランプの始まりなんですよ」

 絶叫に近い大声に気圧(けお)された。記録を誇りにしているどころか、逆にスランプにつながっていたとは、バッティングの奥深さを感じずにいられない。土井さんは67年に25試合連続安打という記録もつくっているが、そのときも同じように見えて、なおかつ怖かったのだろうか。

「近いものはありました。ただ、やはり、それからガタッときますのでね。見えないでくれー、と祈るときもありましたよ。ハッハッハ。だから、それだけ怖いんです。これはスランプなるんちゃうかな、と自分で思い込んで、暗示かけてしまってるんでしょうね。そうなったときにはもう、打席でしっくりこないんですよ」

 土井さんはそう言いながらスッと立ち上がり、スタンスをとって打つ構えをした。

「結局、スランプの手前ぐらいの悪いときっていうのは、こうやって構えたときに、ヒュッと止まって絞れない。あっ、あれっ? あれっ? としっくりこなくなって、そのうちにピッチャーが投げてきたりね。打席で力が入らない。タイミング取っても、どこで取ればいいか、ヒュッと止まるところがないんですよね。ダダダダダーッと流れてしまったり。

 それで今度、逆に流れるのを意識して止めようとすると、ググッと締めすぎてるから、打ちにいくときにポンポーンと飛び出してしまったりね。フワーッとしたものがない。そのへんになってきたらもう、それがスランプなんです。頭ん中がこんがらがってしまって、なんでもないボールを速く感じたりしてしまうんですよ」