2020.11.08

わざと振り遅れてホームラン。
「プロ最年少の四番打者」が考えた極意

  • 高橋安幸●文 text by Takahashi Yasuyuki

 そういうなかでもレギュラーとして出続けられたのはすごい、と思ってしまうのだが、ベンチにもスタンドにも救いがないのはつらい。

「いや、ボク、一度、監督にね、『すいません。もう外してください』ってお願いしたんです。ファンから野次られ、選手仲間から陰口叩かれるのは嫌やし、オレが出てるからチームはまた最下位にいるんやな、と思って。18にしたら、持ちこたえられんのですよね。そしたら、エライ怒られましてねぇ」

 土井さんはそう言って両手を両膝につき、身を乗り出した。

「別当さんに言われました。『お前、つこうてるオレのほうが苦しいんやぞ。なあ、それをわからんのか。今、ここで外したら、一生、出てこれない。それをわかってオレに言う覚悟があるんだったら、もう一回、死に物狂いでやってみい』と。

 要するに、野次とか陰口とか、耳に入ってこんぐらいの練習をやってない、ぬるいんだ、というわけです。ゲーム終わったらボテーンと寝て、起きたらグラウンド行ってやる日々を送らなアカン、と。いわゆる野球漬けですよね」

 よく耳にする「我慢して使う」という言葉が想起された。これが「つくる」「つくってもらった」という表現の真意なのか。

「18のボクにとっては、外してもらったほうが楽でした。でも、あのときに『ほんなら外したろ』と言われて、楽なほうに行ってしまったら、その後のボクの人生、なかったと思うんです。別当さんに怒鳴り返されて、次の年からどんどん昇っていけましたので」

 翌63年、土井さんはフル出場を果たして打率を.276に上げ、13本塁打。5月20日の東映(現・日本ハム)戦で初めて4番を打ち、オールスター初出場も果たしている。64年にはリーグ最多安打を記録して打率.296、28本塁打、98打点。順調に数字を伸ばした背景には何があったのだろう。

「ボクらの時代は誰も教えてくれないんですよね、ハイ。自分でじーっと見て、盗むっていうんですかね。オープン戦やったら長嶋さんのバッティング。王さんは左バッターですから、ボクは参考にできないんで。

 それと、普段の公式戦やったら野村さんのバッティング。試合前も、自分たちの練習終わったら、相手側の練習をじーっと見る。オールスターに行けば、先輩方に聞いたら教えてくれるんですね。聞かなかったら教えてくれない。だから、自分の目で見て、自分で聞ける、っていうことで勉強させてもらいました」