2020.11.01

糸井嘉男の大学時のとんでもない数字。
「宇宙人」はすべてが規格外だった

  • 谷上史朗●文 text by Tanigami Shiro
  • photo by Sankei Visual

 3年春のリーグ戦で1イニングを投げて公式戦デビューを果たし、秋には3勝。ようやく秘めたる力を発揮し始めたと思っていたが、糸井自身の感覚はまったく違っていた。

「3勝して自信がついたというより、むしろ自信がなくなりました。オレのボールはこんなものかと思って。もっと抑えられると思っていたのが結構打たれて......コントロールも全然ダメでした」

 それでも冬に厳しいトレーニングを積み、ドラフト候補として迎えた4年春、リーグ戦で大車輪の活躍を見せてMVPを獲得。ところが、馬原孝浩(元ソフトバンクなど)との対決で注目を集めた大学選手権での九州共立大戦で0対14(5回コールド)と惨敗。雨のなか、太ももに違和感を抱えながらの登板ではあったが、先発して2回途中7失点。力を発揮することなく全国の舞台を去った。

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 さらに秋も万全のコンディションには戻らず、糸井の大学生活は終わった。それでも潜在能力の高さを評価する声は多く、糸井自身も自らの可能性に期待を寄せていた。

「これからはフォークを磨いて、もっと三振が取れる投手になりたい。リーグ戦ではスピードは出ていても、なかなか三振を取れない。150キロを投げてもバッターは当ててきますから。決め球の変化球を持てるようになりたいです」

 さらに、理想の投手像についても語っていた。

「タイプ的に好きなのはカープの黒田(博樹)投手。先発したら完投というスタイルも含めて、ああいったピッチャーになるのが目標です」

 だが、2003年のドラフトで日本ハムに自由獲得枠で入団するも"投手・糸井"は一軍登板のないまま終わりを告げた。プロ3年目の4月に野手転向となった。

 この時、榎本はこんなことを語っていた。

「3割、30本、30盗塁を狙える選手になっていくんじゃないですかね。しっかり捉えた時の飛距離はとんでもなく、日本の球場ならこすっても入るはず。ホームランバッターになる可能性もあります。近大卒の選手で初めて海を渡る可能性を持った、そんな選手になっていくんじゃないかというくらい期待しています」