2020.10.29

高木豊の言葉に八重樫幸雄がブチ切れ。
「野球、知ってるんすか?」

  • 長谷川晶一●取材・文 text by Hasegawa Shoichi

当時を振り返った八重樫氏―― 一応、腹の虫は収まったんですね。

八重樫 いや、試合後も腹が立って仕方がなかった。当時、うちに小川(淳司/現ヤクルトGM)が在籍していたでしょ。彼は中央大学で豊のひとつ先輩なんですよ。それで、思わず小川に向かって、「豊は一体、何なんだよ!」って怒ったんだよね......。

――小川さんにしてみたら、完全なとばっちりですよ(笑)。

八重樫「あの野郎によく言っておけ!」と続けて言ったら、小川も「豊は変わったヤツなんで......」って返してきたよ(笑)。試合中に激怒したのは、後にも先にもあの日だけ。豊に対してだけだったから、あの日の出来事は忘れられないんだよね。

【「スーパーカートリオを分断しろ!」】

――その後、高木豊さんとは和解したんですか?

八重樫 いや、してない。彼が評論家になってグラウンドに降りてきたことはあったけど、向こうからも来ないし、こちらから行くこともないし。屋鋪は現役時代から、すごく礼儀正しいヤツだったんだけど。

――前々回では加藤博一さんの普段の姿を伺いましたが、屋鋪さんはどんな方だったんですか?

八重樫 前に言ったように、当時はグラウンド外の交流なんて誰ともしていなかったけど、屋鋪はいつも試合前の練習の時にあいさつに来たし、遠くからでも僕の姿を見ると、手を振りながらあいさつをしていたよ。やっぱり、そうされると悪い気はしないね。

――1980年代はヤクルトと大洋がいつもBクラスで、最下位争いを演じていましたが、あらためて「スーパーカートリオ」には、どんな印象をお持ちですか?

八重樫 これも最初にも言ったけど、3人の個性が違っていてとても厄介でしたよね。ミーティングでも「3人を分断しろ」という話がいつも出ていた。初回は仕方ないけど、それ以外のイニングでは、一番なり、二番なりで回を終わらせるように苦労しました。あの3人はそれぞれいい選手だったし、豊の一件も含めて、今ではいい思い出です(笑)。

――そうですね、3人とも昭和の一時代を象徴する名選手たちでした。では、こんな感じで、次回からも八重樫さんが対戦した選手たちの思い出を聞いていこうと思います。引き続きよろしくお願いします!

八重樫 昭和のエピソードが中心になると思うけど、懐かしい往年の選手たちを振り返っていくのも悪くないよね。引き続き、よろしくね。

(第39回につづく)

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