2020.09.07

根本陸夫が狙った巨人の抑えエース。
工藤公康とのトレードは幻となった

  • 高橋安幸●文 text by Takahashi Yasuyuki
  • photo by Kyodo News

「当時、32歳。だから、そろそろ順番が来たかな、世代交代かな......と思っていた。この時の経験が、後々GMになって編成の役に立つとは思わなかったけど、とにかく結果が出なくて使われないのは仕方がない。チームは優勝して日本一になったけど、日本シリーズに入る前に新聞に<鹿取を放出へ>と出たからね。藤田さんに『どうなるんですか?』って聞きました」

 藤田の返答は「もうひと花咲かせたかったら出てもいいよ」。鹿取はこの言葉に自身の立場をはっきりと悟り、「わかりました。出ます」と答えた。

 その後、西武の動きが大々的に報じられたのだが、鹿取は米国での秋季キャンプに同行。投手コーチの中村稔が放出に反対し、抑えで期待される投手が肩を痛めた事情もあり、11月半ばには<残留決定>と伝えられた。

山本昌が選ぶ侍ジャパン最強メンバーは?>>

 ただし記事では、7球団が鹿取獲得に動いたことが明かされ、まだ正式な残留決定ではない事実が強調されていた。いかにも、鹿取はその後も藤田に意思確認され、「気持ちに変わりありません」と返答。

 そうして11月末日、トレードを直訴する鹿取の意思を藤田が尊重する形で放出が決まった。他球団関係者では、根本のコメントだけが新聞に載った。

「ウチも一度は獲得に動いたが、鹿取は出さないという方向だったので打ち切りになっていた。もし放出が事実ならすぐにも交渉に入りたい」

 本当に「すぐ」だった。翌日、1対1のトレードで外野手の西岡良洋が交換要員となり、鹿取の西武移籍が正式に決定。この年の西武投手陣は抑えが不在で、前年までリーグ4連覇、3年連続日本一のチームが3位に下降していた。監督の森祇晶はもとより、森をバックアップする根本としても、鹿取はどうしてもほしい補強戦力だったのだ。

「おお、よく来たな。今、ウチのチームは抑えがしっかりしてないから、そこらへんを頼むわ。今までのいろんな経験を生かして、チームのために頑張って。何かあったら、いつでも相談に来いよ」

 初対面で根本に言われた言葉を、鹿取は今もはっきり覚えている。どこかのタイミングでこの人と「深い話」ができればいいと思っていた。結局、相談に行くような問題も悩みもなかったが、常に遠くから見てくれている、という実感があった。そして鹿取自身、新天地になじむほどに、ライオンズの一員として戦うほどに、根本の存在の大きさを感じずにはいられなかった。

つづく

(=敬称略)

関連記事