2020.08.16

怖いもの知らずが招いた協約違反。
根本陸夫の立場は危うくなっていった

  • 高橋安幸●文 text by Takahashi Yasuyuki
  • photo by Sankei Visual

「あの人がルールを知らないはずがないので......確信犯だったのかなと。ただ、そんな怖いものなしがいいほうに出たときもあるんです。88年ドラフト1位の渡辺智男。右ヒジが壊れているのを知っていて獲ったわけです。それでスカウトの楠城(徹)がずっと智男について、治療よりも調整の仕方で、半年かけて見事に治した。それで勝てるピッチャーになりましたからね」

 渡辺は右ヒジ痛を理由にプロ拒否を宣言。実際にヒジの状態は深刻と伝わり、どの球団も指名を見送った。そのなかで西武が指名したため"やらせ"ではないかと見られたが、「本当に壊れていました」と島田は証言する。

 ただ、それ以前にもプロ拒否を宣言した選手の獲得がよくあったため、西武=根本のやり口には裏がある、と思い込まれていたのだ。

「智男を獲る時、立教大から82年のドラフト1位で入った野口裕美を思い出しました。3球団が競合して根本さんがくじを引いた左ピッチャー。彼は2年生の時がピークで肩を壊していたんだけど、治す自信があって獲った。そしたら、治らなくてうまく働けなかった。だから、野口で懲りているだろうに......と思っていたんだけど、それでも智男を獲ったのはすごいことですよ」

八重樫幸雄が選ぶ西武ベストナイン>>

 根本の新人獲得戦略は、結果的に大失敗するケースもあった。それでもチームは結果を出し続けていたから、成功例のほうが際立つ。実質的なGMとはいえ、決して単独で動いているわけではないのに、いろいろな"手柄"が根本ひとりに集約する。それは面白くないと妬む者が周りに出てきているのを島田は感じていた。

「だんだんと、オヤジの立場が危うくなっているような印象はありました。球団のなかでは力を持っていても、本社、西武グループのなかでは、あの人のやり方を快く受け入れられない雰囲気が出てきていましたから。でも、絶対に手放すべき人じゃなかったですよ」

 小島問題の影響もあった。新人を含めた選手補強に関して、西武グループの財力を生かしづらくなっていた。島田は根本と個人的な話をしていたなかで、何となく言葉が冷めているように感じる瞬間があった。