心技体が崩れていった多和田真三郎。類まれなる才能を持つ18番の復活に期待 (2ページ目)

  • 中島大輔●取材・文 text by Nakajima Daisuke
  • photo by Jiji Photo

 多和田の噂はいろいろ聞いていた。ミーティングへの遅刻や欠席も珍しくなく、投手会には顔を出さない。嘘か実(まこと)かわからないが、夫婦関係に関するものもあった。そして2019年シーズン終了を前に、人知れぬまにクラブハウスのロッカーはきれいさっぱり片付けられていた、と----。

 自律神経失調症の公表から半年以上経過した今年7月30日、球団は支配下選手契約を結んだことを発表。渡辺GMは以下のコメントを出した。

「心身ともにチームに合流しても大丈夫と主治医の診断書もいただき、本人と話をした。契約できたので、今後戦力になってもらいたい」

 沖縄出身の多和田は同郷の先輩、山川穂高の足跡を追うように、中部商業、岩手県の富士大学を経て、2015年ドラフト1位で西武に入団した。

 大学時代は1年秋の明治神宮大会でノーヒットノーランを達成。4年春には右肩腱板に炎症を起こし、春の全日本選手権と秋季リーグの登板を回避したなか、西武は1位指名した。

 背番号18という特別な番号を与えられた男は、1年目は7勝5敗で防御率4.38。まずまずの成績でルーキーイヤーを終えた。

「ライオンズの18番をもらったので、いずれはエースになりたいと思っています」

 開幕前にそう話した2年目は5勝5敗で防御率3.44に終わったが、翌年、16勝5敗で最多勝に輝いた。

 しかし、メディアでの露出は決して多くなかった。口下手で多くを語らず、心の内を読み解きにくいため、記事にしにくいのだ。

 西武を中心に取材する者として、個人的にも後悔があった。最多勝に輝いた2018年、多和田の記事を1本も出せなかったことだ。

 翌年こそはエース街道を歩む男の内面に迫れればと、登板を追いかけた。開幕から2試合は持ち味を発揮できなかったが、3戦目は見違えるような投球を披露した。

 ハイライトは0対0で迎えた9回二死一、三塁。4番・ロメロを迎えた場面だ。初球はスライダーで空振りを奪ったあと、内角に速球を4球続けて空振り三振に斬ってとった。

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