2020.07.28

西武・鈴木将平が異端児だった高校時代。
進学校で唯一「就職希望」だった

  • 安倍昌彦●文 text by Abe Masahiko
  • photo by Koike Yoshihiro

 1年生にありがちな遠慮やひるみがまったくない。当たり前のように打席に入り、あっさりヒットを放つと、すかさず盗塁を決めてチャンスメイク。

 レフトの守備でも、左打者が放ったハーフライナーの打球を地面スレスレでダイビングキャッチ。走攻守すべてにおいて圧倒的なパフォーマンスを見せつけた。

 当時の高校球界の外野手といえば、横浜高の3年生・淺間大基(現・日本ハム)が頭ひとつ抜けた存在だったが、それに次ぐのは間違いなく1年生の鈴木だった。それほどプレーの完成度が高く、堂々とした立ち居振る舞いも1年生とは思えなかった。

「静高に入学した時、"将来の希望"のようなものを書かされたんですけど、みんな"東大受験"や"早慶に行く"とか書いていたんですけど、自分は"プロ野球一本"と書きました。だから、入学した時からずっとプロに行くことだけを考えていました。1年生の時も、『高校野球ぐらいでビビっていられない』っていう思いはありましたね」

 その言葉を聞いて、鈴木の1年春に見たプレーが妙にスッと胸に落ちた。

 3年になると、高校球界屈指の外野手となり、誰もが認めるドラフト候補となった。追い込まれるまでは思いきりボールを呼び込んで長打狙いのフルスイング。2ストライクからは両サイドの選球眼が一段と高精度となり、四球をもぎ取ったり、スイング軌道を変えて内野安打にしたり......"1番打者"として強烈な個性を放っていた。

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 その後、2016年のドラフトで西武から4位指名を受け、晴れてプロ野球選手となったわけだが、西武という球団に入ることに嫌な予感がしたことを覚えている。

 当時の西武の外野手は、秋山翔吾(現・レッズ)、栗山巧、金子侑司、外崎修汰、木村文紀......とリーグ屈指の強力布陣だった。鈴木は3、4年後を見据えての指名だったはずだが、当時、数年後にポジションが空くとは思えなかった。

 そんな心配をよそに、鈴木は1年目からファーム(二軍)で100試合以上に出場して3割近いアベレージを残し、2年目にはイースタン・リーグの盗塁王を獲得。見込んだどおりの"実戦力"を発揮して、ファームの不動のレギュラーとなった。