2020.07.05

勝利数「歴代2位」の投手は、
320勝のライバルと競って勝ち続けた

  • 高橋安幸●文 text by Takahashi Yasuyuki


 初めて顔中に笑みが広がっていた。話もようやく回転し始めたような気がする。じつは、かなり自信を持ってのプロ入りだったのか。

「自信なんてなかったよ。やめたらいつでも帰ればええ、ちゅう感覚。昔の人って、みんなそういうのあったんじゃないですか? ただ、僕には負けず嫌いの面もあったからね、途中からライバルなんか持ってたりしてたんですよ」

 ライバルといえば、資料には小山正明の名前が挙がっていた。阪神、東京=ロッテ、大洋(現・DeNA)で21年間プレーし、歴代3位の通算320勝を記録した大投手だ。同じ高校出で、米田さんよりも3学年上だった。

「小山さんはまさに途中から、300勝過ぎてからね。あの方が大洋に行った時、僕が3日ぐらい遅れで登板してたんですよ。で、小山さん勝ったら、よし、今度オレも! と、投げて勝ってたんです。そしたら、小山さんが2つぐらい続けて負けた。『あれでもうガタッときた』って、現役終わった後に小山さん言ってたんやけど、じつは僕もガクッときていた」

 [精密機械]といわれたコントロールの持ち主ということで、米田さんがもともとお手本にしていた投手。そうした背景があっての、小山に対するライバル心だったのか。

「いやいや、その時はただ勝ち星。勝った、負けたを競ってたんです。だから、小山さんも僕をライバルだと意識してたし、僕は小山さんが引退された後、何か張り合いがなくなってしまった。お互い、現役の時は口に出さなかったから、後でわかったことだけど」

 小山は73年に移籍した大洋で通算320勝を挙げて引退している。米田さんが320勝を超えたのもその年だ。すなわち、2人の300勝投手が、通算勝利数を僅差で競い合うシーズンがあった。「ライバル」の意味合いが一般とは違う。200勝投手も稀な今の時代には想像を絶する次元──。無理矢理に想像しようすると、頭がぐらぐらしてしまった。

(後編につづく)

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