2020.07.05

勝利数「歴代2位」の投手は、
320勝のライバルと競って勝ち続けた

  • 高橋安幸●文 text by Takahashi Yasuyuki


 阪神・井川慶は03年、巨人・上原浩治は1999年、ともに20勝をマークしている。近年では最高の勝ち星を挙げているからこそ、気になるのだろうか。

「上原はね、投げていく時、突っ立ってる。前足、左足に乗らんから、体重移動ができてない。だから低めにいったらボタン、ボタン、みんな落ちる。反対にフォークボールは落ちなくなる。だったらキャッチボールの時からね、『何でもええから左足に体重乗れ』とコーチが教えてやったらいい。そういう初歩的なね、馬鹿みたいな細かいことでも。

 僕が野球教室で子どもを教える時でも、キャッチボールの時、右ピッチャーやったら『左足に乗れ、ふらつくな、そこで止めてね』って言います。『左足の親指のな、根っこに力入れて止めてみ』と。まあ、上原と井川は今後、よくなるかどうかはわからない。2人ともいちばん大事な時におろそかにしましたから。まずは下半身を鍛え直さないとね」

 現役の投手の話になると口調が一段と早まり、表情も険しくなった。期待するがゆえに「限界に挑戦しない」現状に不満があるのだと思う。では、米田さん自身の挑戦はどう始まったのか。弱かった昭和30年代の阪急に入団しながら毎年数多く登板し、勝ち星を積み重ねられた原点を聞く。

「結局、実家が雑貨店やってたんですよ、田舎で。それでもうパンクしたら帰って後継げばええちゅう感覚でしたから。親父にも、ちょっと3年ぐらいプロ野球に行ってくるわ、言うて、22年もやってしまった。ははっ。野球で生活できるなんて思ってなかったのにね。

 ただ、僕がプロに入る前、米子で阪神対国鉄(現・ヤクルト)のオープン戦があって見に行った。その時に渡辺省三さんとカネさん、金田正一さんが放ったんですよ。カネさんは確かに僕より速かった。でも、渡辺省三さん、十何勝した年ですけど、なんや、あのぐらいの球でそんな勝てるんか、俺もやったろか、って。はっはっは」