2020.07.05

今の投手も350勝できるはずや、
同じ人間やからと米田哲也は言った

  • 高橋安幸●文 text by Takahashi Yasuyuki


 笑ってはいても、いまだに残念がっている。このような記録に対する思い入れも、投手人生の支えになっていたのだろう。さらに、プロ初勝利を挙げた2度目の登板も記録がらみだった。

「高橋ユニオンズ戦ね。この時、僕、ヒット13本打たれました。それで3失点なんです。で、僕も4打点を挙げて11対3で勝って、その4打点が満塁ホームランだったんです。それでずーっとルーキーの記録になってたんだけど、駒田が第1打席で打ったんや、ピンチヒッターで。それでなくなってしまったんです」

 巨人・駒田徳広が83年に放った、プロ初打席満塁本塁打のことだ。「なくなってしまった」なんて、よほど悔しかったことがうかがえる。実際、バッティングもよかった米田さんは阪急入団時に野手転向を打診されたほどで、通算33本塁打は、投手として最多本塁打記録を持つ金田正一の36本に次ぐ数字。

 ただ、その金田をしのぐ記録として、歴代1位の最多登板(当時)がある。やはりこの記録こそは特別に誇りにしているのではないか。

「ああ、949ね。数字の区切りがあんまりよくないな、ちゅうのがありますね。1000試合、狙ってたんですよ、僕は。ほんまのこと言うたら。まあ、だけどカネさんを超しましたからね」

 400を目指しての350、1000を目指しての949。貪欲な目標設定が偉大な記録を生んだといえるかもしれない。今後、破られることはあるのだろうか。

「無理やろうね。無理、無理。登板数も無理ですよ。今は500でも目一杯やろう? 年間30試合に先発して15年投げるヤツもいない。それで450なんだから半分もいかない。工藤も24年と長くやってますけどね、数が違う、昔の人と。そしたら反対にね、大事にしたら長持ちしたって感覚になってくる。その辺がある。考え方として。わかります?」