2020.07.02

八重樫幸雄が思うヤクルトの歴代最強左腕。
石井一久と菊池雄星の比較もした

  • 長谷川晶一●取材・文 text by Hasegawa Shoichi

【46年間過ごしたヤクルト球団を退団】

現役時代の八重樫氏(写真:本人提供)――そして、八重樫さんはこの年限りで球団を去ります。1970(昭和45)年のプロ入り以来、実に46年間もヤクルトひと筋のプロ野球人生でした。感慨もひとしおだったのではないですか?

八重樫 もちろん、感慨深かったよ。僕たちはヤクルトが球団経営を始めたときの入団で、いわば1期生みたいなものだからなおさらだね。野球の「や」の字も知らなかった頃に、プロ野球選手として、社会人としていろいろなことを教わった。若手の頃の三原脩さんから始まって、中堅時代には広岡達朗さん、現役晩年には野村克也さんなど、「名将」と呼ばれる人たちの下でプレーすることができましたからね。

――さらに現役引退後も、指導者として、スカウトとしてもチームとかかわり続けたわけですからね。

八重樫 指導者時代には、自分が現役時代に学んだこと、感じたことを大切に若い選手たちに伝えるように心がけてきました。現役時代に中西太さんに教わったことをベースに自分なりに若い選手たちを鍛えていくのは楽しかったです。スカウト時代は、さっきも言ったように慣れないことも多かったけど、新しい才能を探す面白さがあったよ。

――ヤクルト時代、最大の思い出は何でしょうか?

八重樫 やっぱり、現役時代のことかな? 初優勝した1978年、僕は開幕スタメンも任され、絶好調だったんだけど、4月後半の巨人戦、ホーム上のクロスプレーで左ひざ内側靱帯を断裂して半年近く野球ができなかった。何とか日本シリーズで一打席だけ代打で立ったけど、あのときの悔しさがあったから、その後は体を大切にするようになって、24年間も現役を続けられたわけだからね。

――それにしても、46年間はとても長い期間ですね。

八重樫 ホントにそうだよね。だから今でもヤクルトに愛着はあるし、ヤクルトのおかげで幸せなプロ野球人生を過ごすことができた。本当に感謝しかないよ。

(第24回につづく)

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