2020.06.30

「球界革命児」根本陸夫の素顔。
西武マネージャー「このオッサン、何者?」

  • 高橋安幸●文 text by Takahashi Yasuyuki
  • photo by Sankei Visual

 そもそも、オーナーの堤義明はスキーやスケート、アイスホッケーといったウインタースポーツを好み、選手の育成にも力を入れていた。だが、野球自体はほとんど知らない。球場広報だった時の島田は、まさに西武球場でその最たる場面を目の当たりにしていた。

「(堤)義明さんが試合を観に来ていて、ツーアウト、ランナー一塁で盗塁したんです。タッチアウト。そしたら『次の回、バッターはどうなるんだ?』と秘書に聞いた。秘書は元スキージャンプの選手で、『バッターはアウトです』と答えて『おお、そうか』。で、ちょっと間を置いて、『それだったら4アウトになるだろ。おかしいじゃないか』って。それぐらい周りも知らなかったんです」

 逆に、島田にはプロ野球の現場を覗いた経験もあった。家庭の事情で広島に住んでいた中学時代、広島市民球場でボールボーイを務めた。プレー中のグラウンドを注視しつつもベンチの雰囲気が伝わってくる、選手と些細なやり取りをするだけでも性格を感じ取れる。ゆえに、根本を「なんだ?」と思った以外は違和感なく関わることができた。

「でもね、違和感はともかく、オヤジには初めから可愛がってもらっていました。しょっちゅう、『ちょっと来い』って呼ばれてね。飛んでいくと、『気の利いた、メシ食うところを探せ』と頼まれて。で、オヤジの行きつけの店はあったんです。新所沢の寿司屋と小料理屋。この二軒はもともと、コーチ陣のために使っていたんですね」

 根本が埼玉・所沢市の一軒家に住んでいた一方、大半のコーチは、球団が手配した西武建設の社宅に住んでいた。その社宅が新t所沢にあり、単身で来ているコーチたちの食事の負担を軽くするために二軒を使っていた。いずれも、根本が不在の時でも使っていいことになっていた。