2020.06.29

T−岡田の運命を変えた「おばちゃん」。
その出会いから虫捕り名人が強打者へ

  • 谷上史朗●文 text by Tanigami Shiro
  • photo by Sportiva

 岡田本人に当時のことを聞くと、「だんだんと打つことが面白くなって、野球をするのが楽しくなってきたんです」と語っていた。今も大阪一、もしかすると全国一ともいえる大所帯の山田西リトルウルフは、当時から学年ごとにチームがあって、そのなかで岡田は、3年時は「5番・センター」、4年からは「4番・ファースト」で、たまに投手も務めるバリバリの主力に成長していった。

 かつて社会人の女子ソフトボール選手だった棚原さんは、岡田のバッティングについてこう語る。

「一番の特長は、軸がぶれないこと。ほとんどの小学生は前(投手寄りのポイント)で打ちますけど、岡田は当時からボールを呼び込んで打っていた。フルスイングしたあとも『えっ、いまスイングしたの?』というほど、軸が崩れていなかったのを覚えています」

 さらに、当時から飛距離も群を抜いていたという。

「体の力だけじゃなく、とらえたあとに手首をしっかり返すから、打球の飛び方がほかの選手とまったく違っていました。5、6年の2年間で31本のホームランを打ったんですけど、それよりもツーベースがものすごく多かったことが印象に残っています。それも引っ張るのではなく、左中間への打球が多かった。あれもしっかり引きつけて打っていたから。いま思い出しても、小学生にはないバッティングをしていました」