2020.06.09

松永浩美から小久保裕紀、内川聖一へ。
根本陸夫が仕組んだリーダー継承

  • 高橋安幸●文 text by Takahashi Yasuyuki
  • photo by Sankei Visual

 根本はキャンプでもミーティングを行なわなかった。代わりに松永、秋山を生かしたのだが、これは広島監督時代に山内一弘(元・毎日ほか)、西武監督時代に田淵幸一(元・阪神ほか)、野村克也(元・南海ほか)らを生かしたことに通じる。

 すなわち、他球団から加入したベテランの野球に取り組む姿勢を見せて、選手たちの意識を変えていくのだ。

 その点、松永自身、キャンプでは自分なりに実践してきた"特守"を選手たちに披露した。阪急時代から2月は連日2時間、ノックを受けていた松永にとって、それは「普通のノック」だった。が、ノックをしたコーチは終わった途端、「いやあ、引き込まれたよ。こんな特守、初めてやった」と言った。そこで"特守"のやり方も助言することになった。

「特守は僕がいつも最初に受けて、ベースランニングでもトップで走った。アップで3人並んで走る時には、先頭のいちばん左に立った。『そこを走っているヤツがこのチームを引っ張っているんだなって、見る人はみんなそう思うから』って、阪急時代に福本(豊)さんに教わったんです。それを今度は僕が小久保に教えて、小久保が内川(聖一)に伝えたんですね」

 松永、秋山から小久保、内川へと継承された、ホークスのチームリーダーの系譜。そこには"平成の三冠王"松中信彦や熱いプレーでチームを鼓舞する松田宣浩も含まれるわけだが、原点には黄金期の西武のみならず、1970年代に6度のリーグ優勝、75年から日本シリーズ3連覇を成し遂げた阪急の野球もあったのだ。