規格外パワーで超特大弾に退場6回。記憶にも記録にも残ったパナマの怪人

  • 田尻耕太郎●文 text by Tajiri Kotaro
  • photo by Kyodo News

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日本プロ野球「我が心の最良助っ人」
第6回 フリオ・ズレータ(ダイエー、ソフトバンクなど)

 今世紀初頭、日本人は米大リーグとの距離をずいぶんと縮め始めていた。野茂英雄がパイオニアとなった1990年代を経て、2001年にイチローがシアトル・マリナーズへ移籍。1年目から打率.350で首位打者を獲得するなど大活躍。

 さらに続いたのが、松井秀喜だった。2003年に伝統あるニューヨーク・ヤンキースのピンストライプに袖を通すと、本拠地開幕戦では満塁本塁打を放つなど、1年目から106打点と勝負強さを発揮。翌年には31本塁打を放ち、ニューヨーカーを熱狂させた。

 イチローの輝きもうれしかったが、松井の時はまた違う感情が生まれた。「日本もメジャーで主軸を打つ時代が来たのか」と、とても誇らしかった。「もう日本人は助っ人にパワーではかなわない」というのは過去の話になった。日本球界の常識は覆されたはずだった。あの男が来るまでは......。

ホームランを放ち、お決まりのポーズをするズレータホームランを放ち、お決まりのポーズをするズレータ 2003年のシーズン途中に福岡ダイエーホークス(現・福岡ソフトバンクホークス)にやってきた大男は、あまりにも凄まじいバッティングでファンの度肝を抜いた。「やっぱり外国人打者はモノが違うんだ」。そう思わざるをえなかった。

"パナマの怪人"の異名をとったフリオ・ズレータだ。

 とにかくデカい。第一印象の強烈さは今も忘れない。初めてズレータに会ったのは2003年6月23日、福岡ドーム(現・PayPayドーム)で行なわれた入団会見だった。事前に配られたプロフィールを見て、身長197センチの大男が来ることは確認済みだったが、扉の向こうから姿を現した瞬間、その場にいた報道陣はみんなびっくり仰天。「うわっ、デカ!」「マジか......」とざわつきはじめ、驚きのあまり笑い声も起きるなど盛り上がった。これまで幾度となく新外国人選手の入団会見に出席したが、そんな会見はこの時だけだ。

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