2020.05.07

大谷翔平はマンガを超える伝説級の存在。
指名打者→クローザーのち衝撃が走った

  • 菊地高弘●文 text by Kikuchi Takahiro
  • photo by Kyodo News

 大谷を翻意させた最大の要因は、日本ハムが"二刀流"という選択肢を示したことだった。高校時代の大谷はいつも、「人がやったことのないことをやりたい」と語っていた。高校の授業で一番好きだという日本史について聞くと、大谷はその魅力をうれしそうにこう述べた。

「とくに幕末が好きですね。日本が近代的に変わっていくための新しい取り組みが多くて、歴史的に見ても大きく変わる時代。『革命』や『維新』というものに惹かれるんです」

 分業化が進む現代プロ野球で、二刀流として成功する初めての選手になりたい──。だから、大谷は日本ハムを選んだのだ。

 その4年後、ソフトバンク戦での「165キロ」は、二刀流・大谷翔平にとってひとつのクライマックスになった。

 もし、高校卒業後すぐにMLBに進んでいたら。もし、野手評価のままプロ入りしていたら。もちろん、それはそれで球史に残る野球選手になっていたに違いない。だが、世の価値観をひっくり返すほどのスケール感はなかったはずだ。

「投手・大谷」が見られる選択肢を残し、環境を整えたのは、もちろん北海道日本ハムファイターズである。私はこの功績だけでも、野球殿堂入りに値すると思っている。

 いずれそう遠くない時期に大谷が投手、または野手に専念する日が訪れるかもしれない。それでも、私たち野球ファンは大谷が生きた時代の証人として、その超人的なパフォーマンスをこれからも目に焼きつけておいたほうがいい。後世の人間から「そんな選手、実在したはずがない」と言われても、はっきりと否定できるように。

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