「代打・長嶋茂雄」の超サプライズ。
西本聖の引退試合で起きたドラマ

  • 石田雄太●文 text by Ishida Yuta
  • photo by Sankei Visual

 もう一度、西本さんに、長嶋監督と握手をしてもらいたい──。

 巨人に復帰した時、西本は「勝って監督と握手がしたい」と話していた。そんな想いを知っていた取材者たちが、引退試合を企画したのである。

 お金をかけられない手弁当のイベントとあって、東京ドームでの開催は現実的でなかった。そこで、かつて泥と汗にまみれた多摩川グラウンドでの開催を思い立った。ところが巨人が離れた後、多摩川は軟式専用グラウンドになっていて、硬式球を打つことはできない。となると、試合は軟式になってしまう。ならば試合は軟式で、試合後に硬式球を使って10球のピッチング、いわゆる"テンカウント"を行なうことで有終の美を飾ってもらおうということになった。苦肉の策だった。

 対戦相手はすでに引退していた定岡が率いる軟式野球チーム。西本のバックを守るのは巨人の桑田真澄、宮本和知、村田真一、川相昌弘、屋鋪要、中日の中村武志、与田剛、松山商の仲間など、かつての西本のチームメイトたちだ。多摩川の土手には人出を当て込んだ屋台が並び、地元の警察署が交通整理に乗り出したほど。そんな騒然としたなか、颯爽とやってきたのが長嶋茂雄だった。

 始球式に登場した長嶋は、ベンチでずっと試合を観ていた。ところが最終回となった7回、突如、皮のジャンパーを脱いでセーター姿のまま、代打として打席に向かったのである。球審の平光清が告げる。

「バッター、長嶋」

 多摩川グラウンドに集った3000人が一斉にどよめいた。

 初めて実現した"西本対長嶋"。

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