伊藤智仁「喜びも希望もなかった」。
圧巻デビュー戦でのまさかの真実

  • 長谷川晶一●取材・文 text by Hasegawa Shoichi

【「三振以外にアウトを取る技術がなかった」】

 あの日のプロデビューから、すでに四半世紀以上が経過した。もちろん、伊藤はとっくに現役を引退し、今では楽天イーグルスの投手コーチを務めている。一方の僕は、志望していた出版社への就職が決まったものの、およそ10年後に退職。現在はフリーランスの物書きとして取材、執筆に明け暮れる日々を送っている。

 この間、伊藤智仁の半生を描くノンフィクション作品を出版する機会に恵まれた。あらためて、「あの日の投球」について話を聞いた。7イニングを投げて10奪三振という、ほれぼれとするようなピッチング。しかし、彼の言葉は意外なものだった。「この日は調子はあまりよくなかった」と切り出し、伊藤は続けた。

「結果的に10個の三振は取ったけれども、正確に言えば三振以外にアウトを取る技術がなかったということです。阪神は14残塁ですか? やっぱり、相手のミスに助けられた試合ですね。だから、この日の喜びはあまりないです......」

 試合開始直後には軸足が震えて立っていられないほど緊張し、打ち取ってアウトにする技術がないために三振でしかアウトカウントを奪うことができなかった。はたから見ていたのではわからない、当事者ならではの言葉だった。伊藤はさらに続ける。

「......喜びはないですね。ただ、勝利打点を挙げたこと以外は(笑)」

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