日本シリーズ史上初の本塁打直前。
杉浦享は「イヤだな」と感じていた

  • 長谷川晶一●取材・文 text by Hasegawa Shoichi

 杉浦への初球は、シュート回転しながら外に逃げていくストレート。杉浦は見逃したが、判定はストライクだった。「杉浦は初球を見逃す」ということはファンでさえ知っていたように、西武の女房役である伊東も熟知していた。

 アウトコースのボールをイメージしていた杉浦は(やはり、外から攻めてきたか)と考えていた。鹿取の投球テンポは速い。すぐに2球目が投じられた。ボールは真ん中付近の甘いストレートだった。このボールも、杉浦は平然と見逃した。いや、手が出なかったのだ。

「2球目にインサイドから真ん中辺りのストレートが来て、『えーっ』と思いましたね。おそらく、指にかかりすぎたんだと思います。絶好球でしたから。それで、ひとまずバッターボックスを外しました。自分の頭の中を整理するためです。『このまま何も振らずに終わったらみっともないな』とも考えていましたが、同時にジャイアンツ時代の鹿取くんのことを思い出しました」

 鹿取は1979年から1989年まで巨人に所属していた。当然その間、杉浦は何度も対戦していた。杉浦にとって、巨人時代の鹿取は精緻なコントロールを誇る投手ではなかった。テンポよくストライクを奪って打者を追い込み、その後は「とにかく低めなら低め、高めなら高めに徹底的に投げ続ける投手」だった。

「ジャイアンツ時代にはポンポンとストライクで追い込まれて、ストライクゾーンから落とす球でセカンドゴロ、ショートゴロで打ち取られていたことを思い出しました。でも、カウントはツーストライクなので、まだ低めでの勝負はないだろうと。それで、高めのボールに意識を置いて、再び打席に入ったんです」

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