2020.02.05

当事者が語る「巨人松沼兄弟獲得」
大誤報の真実と根本陸夫の口説き文句

  • 高橋安幸●文 text by Takahashi Yasuyuki
  • photo by Kyodo News

 快適な理由はもうひとつあった。チームには田淵幸一を筆頭に「超有名人」もいて、「こんなすごい人たちと野球するって、知らない世界でどうなるんだ......」と不安があったが、常に弟・雅之が一緒で助かった。周りと口を利かなくても、兄弟でチーム内の様子をうかがうことができた。キャンプ宿舎も、3人部屋ながら雅之とはずっと同室。そんな環境のなかでアマチュア時代よりも楽な調整を続けられた。

 とはいえ、チーム全体としては準備不足が続いていたも同然だった。フロリダ・キャンプは3月28日まで続き、西武は現地でメジャー球団と対戦したものの、日本でのオープン戦はなし。日程を組む時期に球団譲渡で混乱していた、という事情があり、他球団の生きた情報を得られないまま1979年の公式戦に突入した。

 すると、開幕12連敗(引き分け2つをはさむ)のプロ野球ワースト・タイ記録。そして、4月24日の南海(現・ソフトバンク)戦。先発した博久が好投してプロ初勝利を挙げ、新生西武に初勝利がもたらされた。

「打てると思ったら、そうでもない。守れなかったし、走れなかった。でも、なぜか僕の時だけ打線がけっこう頑張ってくれて、そんなにエラーが出なかった。キャッチャーは野村克也さんと組むことが多かったんだけど、あまり細かいことを言わないんです。インサイドいっぱいというんじゃなくて、大雑把なリードで、僕には投げやすかった。その点、根本さんも細かいことを言わない人で、連敗中も『さあ行こう、レッツゴー』だけでしたね、その『レッツゴー』がやけに心に残っているんだけど」