2020.02.01

「王さん、歩け歩け」。
巨人史上最強の5番打者は内心そう思っていた

  • 高橋安幸●文 text by Takahashi Yasuyuki


「全部、ピッチャー返し。5〜6本、本当に打ち返しました。そしたら長嶋さんが来て、『おっ、もういいぞ』って言われたんです。何が『いい』のか、わかんないんですよね。自分じゃ納得してなかったし。でも、その後、5月に月間MVPをいただいて。打率が4割4分2厘で。そのときも何が『いい』のかってわからなかったけど、7月頃になって、パッと気づいたんです。

 多摩川での特打のとき、僕は、ああでもない、こうでもないって考えながら打っていた。でも、それじゃあダメだっていうことを、長嶋さんは教えてくれたんだなって。打席に立つ前は考えていいけども、打席に入ったらあれこれ考えずにボールだけに集中して、思い切り振っていくんだと。そういう姿勢が僕になかったから、背中とか頭に投げたり」

 長嶋監督はあえて危険な球を投げていたんじゃないか、という気づきだった。言葉で教えるのではなく、まさに身をもって、期待の選手の気持ちを奮い立たせようとしたのだろう。

「だって、あんまり頻繁に危ないところにくるものだから、相手が監督だろうが、狙ってんじゃねえか? って本能的にカツーンときたね。バッターの本能を呼び覚ますような打撃練習だったというか。それがつまり、打席であれこれ考えない状態、ということだと思いますよ」

 では、打席であれこれ考えなくなって打撃好調になって以降、王の後を打つ5番打者としてのプレッシャーはどうだったのか。

「もう感じなかったです。ただ、それは好調だから、ということだけじゃなくて、僕はピンチヒッターで出る時期が長かったから。1試合1打席だったのが1試合4打席に立てる、っていう喜びですよね。と同時に、そのとき、自分のやってきた経験を当てはめていくほうが簡単だと気づいたんです。『俺は4打席に立てるようになったけども、1打席、1打席、全部ピンチヒッターで出るつもりで行こう』と考えたんですね。

 そうすると、打順も状況も関係なく、常に同じ意識で打席に入れるわけです。いつも、この一打で決めなきゃいけない、この打席で終わりなんだ、っていう気持ちで立つのが、自分にいちばん合ってると思ったんですね。そのうち、ツーアウト、ランナー二塁になったら『おう、王さん、歩け歩け』って思ってましたもん」