2020.02.01

「王さん、歩け歩け」。
巨人史上最強の5番打者は内心そう思っていた

  • 高橋安幸●文 text by Takahashi Yasuyuki


 V9時代、巨人の5番は移籍組のほか、森昌彦、柴田勲、黒江透修(ゆきのぶ)、高田繁、末次民夫と毎年のように入れ替わった。それでも、長嶋茂雄監督が就任した75年からの2年間は〈5番・末次〉でほぼ固定されたが、77年の開幕前にアクシデントが起きる。柳田さんはその当事者だった。

「フリー打撃で僕が打った打球が外野にいた末次さんの顔に当たって、左目を負傷されて試合に出られなくなって。だから僕は末次さんの後、5番に入っちゃった、という形。最初は重圧もなかったけど、1試合、1試合、積み重ねるほど、王さんの偉大さを身にしみて実感するようになりました。結局、ツーアウト、ランナー二塁になると100パーセント敬遠でしたからね」

 ウェイティングサークルにいるときからプレッシャーがかかり、開幕からしばらく打てなくなったときの最低打率が.077。すると4月の終わり頃、多摩川グラウンドでの練習時のことだ。長嶋監督自らが打撃投手を務め、2時間にわたって柳田さんの特打が行なわれた。

「僕は最初、せっかく監督が投げてくれるんだからって、いろいろ試行錯誤しながら打ってたんです。それで1時間ぐらいしたら、背中にピュッてボールがくる。監督、そろそろ疲れて握力がなくなってきたんだな、と思ってポンポン打ってたら、今度は頭の上とか顔のあたりにビュンビュンくる。僕、そこでカツーンときてね。よしっ、ピッチャー返ししてやろうと思って」

 一瞬、ウインクをした目が笑っていた。監督に打球をぶつけるつもりだったのだ。

笑顔で現役時のエピソードを語る、取材当時の柳田さん