2020.01.16

八重樫幸雄が振り返る、個性強すぎな
ヤクルトの「助っ人外国人」たち

  • 長谷川晶一●取材・文 text by Hasegawa Shoichi

――人間的にはどんなタイプだったんですか?

八重樫 練習はしなかったけど、きちんと結果を出していたから誰も何も言わなかったし、どちらかと言うと「害のない人」という感じかな? 覚えているのは、とにかくビールが大好きなヤツだったということ。遠征の時に一緒に飲みに行ったことがあって、最初はバドワイザーばかり飲んでいたけど、「日本のビールのほうがうまい」と気づいて、日本のビールばかり飲んでいたね。

1987年にヤクルトでプレーしたホーナー photo by Sankei Visual――当時、薬師丸ひろ子さんと一緒にサントリーの缶ビールのCMに出て、ホーナーは「モウイッポン」と言って、空き缶を握りつぶしていましたよね(笑)。

八重樫 本当にビールばかり飲んでいたよ。いつもジョッキで10杯以上は飲んでいたし、途中からはビールをほかのお酒で割って、さらに飲んでいたからね。「ホーナーと言えばビール」って思い出が強いな(笑)。

――それ以降の外国人選手で印象的だったのは?

八重樫 僕が引退して指導者になってからで言えば、やっぱり"ラミちゃん"だな。来日当初、(アレックス・)ラミレスは全然打てなかったんだよね。でも、メジャー経験者のプライドを尊重して、「大丈夫だよ、慣れれば打てるから」ってとにかく褒めるようにしたのがよかったのかな? 外角のボール球に手を出して空振りばかりしていたから、ティーを上げる時も横からヘソの前にボールを上げて、そこで打つように指導したんだけど、少しずつ結果を残し始めたからね。

――ラミレスの覚醒は八重樫さんの指導が大きかったんですね。

八重樫 そうだと嬉しいね。僕の指導もあったかもしれないけど、同時期にいた(ロベルト・)ペタジーニが巨人に移籍したのも大きかったんじゃないかな。

――どうしてですか?

八重樫 ペタジーニの奥さんが勝気で、ラミの奥さんが遠慮していたみたいなんだよね。ペタの奥さんはいつも球場に見に来ていたけど、ラミの奥さんはまったく球場に来ない。だから、ラミに「奥さんは来ないのか?」って聞くと、「いや......」ってごまかすんだよ。でも、ペタジーニが巨人に行ってからは、奥さんがいつも球場に来るようになって、ラミのバッティングもどんどんよくなっていった(笑)。

――まさか、そんな理由があったとは(笑)。

八重樫 本来なら、メジャーの実績で言えばペタジーニよりもラミのほうが上なんだから、ガツンと言えばいいのに、ラミはそういうことはできないタイプだった。でも、ラミは必死に日本野球に順応しようと頑張っていたから、報われてよかったよね。

(第13回につづく)

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