立浪和義を殿堂入りに導いた打撃理論。その原点は中学時代にあった (3ページ目)

  • 谷上史朗●文 text by Tanigami Shiro
  • photo by Kyodo News

「中学の頃の立浪は『大きいのを打ちたい』という思いが強く、右脇が開くクセがあったんです。脇が開くと、(肘があがり)当然バットは下から出るので、修正点のひとつとして、右手と左手のグリップを離して握らせ、素振りやティーバッティングをさせていたんです。そうすることで、ヘッドを強く使えたというのはあったと思います」

 プロでも(上下を)逆の手で握ってティーバッティングを行なっている選手がおり、それも脇が開くのを抑える練習法のひとつだが、多田監督は「実際の握りと違う逆手より、手を少し離して握るほうが感覚も近い」と、このやり方を立浪に伝えたという。

 さらに、多田監督の打撃理論の話は広がった。

「いつも選手には『ボールを捕まえた瞬間、(左打者なら)左手が右手を追い越さなあかん』と言っているんです。グリップとヘッドが等速度でスイングしていたら、打球は飛んでいかない。ミートの瞬間に左手が右手を追い越せば、ヘッドが加速して強い打球が飛んでいく。ボールをとらえる瞬間に右手を一瞬引く感じで左手を追い越させてやるんです。剣道で面を打つ時も、下の手を引くでしょ。あのイメージです」

 実際のスイングで右手を引く動きを入れることは難しいだろうが、イメージとしてはバットをリードしている右手を一瞬止め、以降はそこが支点となる。"テコの原理"の応用と言ってもいいだろう。

 多田監督が例に挙げた剣道でも、相手に面を打ち込む時、竹刀を握る下の手を素早く手前に引き、同時に軽く握っていた上の手に力を込めて、勢いをつけて先端を走らせる。「この時、竹刀を握る両手の間は開いているんです」と多田監督は言った。

 竹刀を打ち込む剣士のように、打席のなかの立浪も添えるように握っていた左手をインパクトの瞬間に力を込め、ヘッドを加速させたのだろう。

 今回、立浪の殿堂入りパーティーを見て、10年前に行なった取材の記憶が鮮明に蘇り、あらためて思ったことがある。それは立浪が体の使い方や技術を教えてくれる指導者に出会ったことだ。多田監督から中村監督へとつながった6年間は、小さな体で大きく強い打球を打つための形、感覚を体に叩き込んだかけがえのない時間だったはずだ。

 根性と気迫と理にかなった打撃理論----これらが揃って22年のプロ生活、そして殿堂入りの栄誉があったのだろう。

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