2019.12.05

八重樫幸雄が指摘。キャッチングは
「古田より谷繁をマネたほうがいい」

  • 長谷川晶一●取材・文 text by Hasegawa Shoichi

【古田の要求に応えられる若き名投手たち】

――当時のヤクルトはルーキーの古田さんのほかに、関根潤三監督時代にレギュラーだった秦真司さん、のちにセンターにコンバートされる飯田哲也さん、それにベテランの八重樫さんらがキャッチャーとして在籍していました。野村克也監督は最初から「古田をレギュラーに」と考えていたのでしょうか。

八重樫 まず、そもそも飯田はキャッチャー向きの性格じゃなかったんですよ(笑)。僕も関根さんに「飯田の身体能力を生かすなら外野にコンバートしたほうがいい」って言っていたけど、聞く耳を持ってもらえなかった。でも、野村さんは飯田の性格を考え、身体能力も評価してセカンド、センターにコンバートしたんだよね。飯田は「試合に出られればどこでもいい」と考えるタイプだったから、コンバートもスムーズに受け入れられたんだと思います。

――じゃあ、秦さんの場合は?

八重樫 たぶん、野村さんの構想の中では「レギュラーは秦だ」と考えていたんじゃないかな。実際に1990年の開幕当初は秦がマスクをかぶっていましたからね。でも、秦は親指が短くて、ボールを握る時にうまく折ることができない。だから、強く投げると変な方向に飛んじゃうんだよね。だけど、バッティングはすごくいい。そうしたことを考慮して外野にコンバートしたんだと思いますよ。

――ちなみに、当時の八重樫さんはすでに「代打の切り札」という位置づけでしたけど、野村さんは「キャッチャー八重樫」をどう見ていたんですか?

八重樫 何も見ていなかったと思いますよ。だって、ノムさんに「おいハチ、お前キャッチャーだったんだな」って言われたことがあったからね。あの時は「この人、まさか本気で言ってないよな」って心配になったから(笑)。

――こうした経緯を経て、総合的に判断をした上で、日本を代表する「キャッチャー古田」が誕生したんですね。

八重樫 キャッチングとスローイングを見たらそう判断するでしょうね。バッティングは期待できないかもしれないけど、リードは教えれば何とかなる。でも、あんなにいいバッターになるとは誰も思っていなかったんじゃないかな。