2019.12.05

八重樫幸雄が指摘。キャッチングは
「古田より谷繁をマネたほうがいい」

  • 長谷川晶一●取材・文 text by Hasegawa Shoichi

――そうしたら、古田さんは何て?

八重樫 彼の場合、ももの付け根から膝までが長いんですよ。それに股関節が柔らかいから、ケツを深く落とすことができる。そうすると、左ピッチャーが右バッターのインサイドにスライダーを投げると、肘と膝がぶつかるんだって。「それで左足を下げている」とのことだったんで、「じゃあケツをもう少し高く上げればいいんじゃない?」ってアドバイスしたんです。

――で、どうなったんですか?

八重樫 ケツを上げると、確かに肘はぶつからなくなったんだけど、大学、社会人とずっとそうやって捕っていなかったから直すことができなかった。でも、古田の影響なのか、最近では左足を下げているキャッチャーもチラホラ見かけるけどね。

【プロ2年目で早くも打撃開眼】

――のちに古田さんは通算2097安打を放って名球会入りを果たしますが、入団当初のバッティングはいかがでしたか?

八重樫 バッティングに関しては「ちょっと厳しいな」と思ったよ。打撃練習をしても、なかなかケージの外に打球が飛ばなかったから。バッピ(バッティングピッチャー)の球でそれだけ苦労していたら、「これは実戦では厳しいな」って思うのも仕方ないよね。

当時を振り返る八重樫氏 photo by Hasegawa Shoichi――当時、先輩として古田さんに何かアドバイスはしたんですか?

八重樫 この時、僕はバッテリーコーチも兼任していたから、守りについてはアドバイスをしたけど、バッティングに関しては特にアドバイスはしなかったかな。でも、さっきも言ったように、プロのキャッチャーとして捕るのも投げるのも問題なかったから、「一軍には残れるだろう」とは思っていた。ただ、「打撃フォームを直せば打てるようになるのにな」とは思っていたな。

――でも、プロ2年目の1991年には早くも首位打者を獲得します。古田さんは一気に打撃開眼したのでしょうか?

八重樫 1年目の秋のキャンプで、ものすごい量の打ち込みをしていたけど、翌年の春のキャンプで見たら打つべきポイントをしっかりと掴んでいた。左右にもきちんと打ち分けられていたし、アウトサイドのボールもバチッと叩いていたから、「これなら打つだろうな」と思っていたよ。そうしたら2年目に首位打者だから、「大したものだな」って驚いたよね。