2019.11.08

愛甲猛が見た西武黄金期を築いた
最強タッグ「完全に任侠映画の世界」

  • 高橋安幸●文 text by Takahashi Ysuyuki
  • photo by Sportiva

根本陸夫外伝~証言で綴る「球界の革命児」の知られざる真実

連載第4回

証言者・愛甲猛(4)

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 プロ球団・西武ライオンズと、同じ西武グループの社会人チーム・プリンスホテルが共存し始めた1970年代末から80年代初頭。西武監督と管理部長を兼任する根本陸夫を裏で動かしていたのが、プリンスホテル総支配人の幅敏弘(はば・としひろ)だった。幅はプリンスのチーム立ち上げに際し、独自の人脈を生かして選手のスカウトを担当。同時に西武の新人獲得にも暗躍する、いわばフィクサーだった。

根本陸夫との思い出について語る愛甲猛氏 そのなかで80年の9月、幅は同年のドラフト上位指名候補だった横浜高の愛甲猛に接触。当初は愛甲をプリンスに入社させ、いずれドラフト外で西武に”トンネル入団”させるつもりだった。が、西武のドラフト戦略の影響で断念。ロッテに1位指名された愛甲はそのままロッテに入団することになった。

 一方、5歳の時から母子家庭に育った愛甲にとって幅が父親代わりとなり、幅家と家族ぐるみのつき合いをするうち、「オヤジ」と呼ぶ間柄になった。それゆえ、根本に会う機会もあったから、「根本さんとオヤジと、ふたりのタッグが西武という球団を強くしていったと思う」と述懐する。実際、根本と幅が並ぶシーンに遭遇したこともある愛甲に、その関係性を聞いた。

「池袋のサンシャインプリンスの部屋で食事していた時のことです。オヤジが一緒にいて、僕がステーキを食べていたら、うしろからいきなり『なんだ、美味そうな肉、食ってんなぁ』って言いながら部屋に入ってきたのが根本さんでした。それでオヤジのところへ行って、何かボソボソ耳元で囁いていて……。その絵面がもう、完全に任侠映画の世界なんです(笑)。お互いにしかめっ面してしゃべっているし、なおさら、怖いなあ、と思って」

 太っ腹な性格で、まさに任侠の親分のような人間だった幅は、プリンスの社員の間で恐れられていた。この幅のところへ、ロッテに入団した81年以降も愛甲は遊びに行く。そこでまた根本に会った時、「おまえのところの村田がオレんとこに来たぞ」と言われた。誰かと思えば、チームの先輩である村田兆治だった。はたまた幅からは「江夏が根本んとこに来てたぞ」とも聞かされた。村田も江夏豊も、チームの垣根を越えて根本に相談しに来ていたという。