2019.11.08

八重樫幸雄が「野村ノート」を公開。
ヤクルト黄金時代を築いた金言たち

  • 長谷川晶一●取材・文 text by Hasegawa Shoichi

【伝説の「野村ミーティング」】

――1978(昭和53)年の広岡監督時代から始まったユマキャンプですが、日本国内でのキャンプと比べて、どんな利点があったんですか?

八重樫 日本の場合はやっぱり湿気がすごいけど、ユマは砂漠地帯だからカラッとしていて気持ちいいんですよ。空気が澱んでいないから、汗をかいても自然に引いていく。快適でしたよ。何面もグラウンドがあるから、練習メニューも豊富だったし、当時はパドレスとの提携関係もあったから、合同で練習をしたり、いろいろ利点はありましたよ。

当時を振り返る八重樫氏 photo by Hasegawa Shoichi――ユマキャンプと言えば夜のミーティングが話題となりました。いわゆる「野村ノート」に通じる、このミーティングの印象を教えてください。

八重樫 練習が終わって、食事をしてから1時間ほど、毎晩ミーティングが行なわれたんだけど、まさか、あんなに長いミーティングになるとは思っていなかったから、最初はみんな驚いていたね。でも、僕らベテランはそれ以前に森(祇晶)さん経由で野村さんに来てもらって講演を聞いたことがあったんで、「あ、この人は話が長い人なんだ」という事前知識があったから、僕はそんなに驚かなかったな(笑)。

――そのときの講演はどんな内容だったのですか?

八重樫 とても厳しい内容でしたよ。「このチームにはプロと呼べる選手は一人もいない」って、第一声でハッキリ言いましたからね。若松(勉)さん、大杉(勝男)さん、松岡(弘)さんなんかは、「この野郎」って思ったんじゃないかな? その後に「強いて言えば若松くらいかな?」って言って、あとは長嶋(茂雄)さんへの批判だった(笑)。

――若松さんも、大杉さんも、ムッとしたでしょうね。

八重樫 たぶんそうだったと思うけど、それが野村さんのやり方なのかもしれないね。

【八重樫版「野村ノート」、本邦初公開!】

――さて、実際のミーティングはどのように行なわれていくのですか?

八重樫 野村さんがしゃべるのは最初の数分だけで、あとはひたすらノムさん自らホワイトボードに板書を続けるんです。もう、よどみなく次から次へと書いていく。僕らはそれを必死でメモを取る。その繰り返し。とにかく書くのが速いんです。で、ホワイトボードいっぱいになると、マネージャーが裏返してしまうから、とても大変でしたよ。