2019.11.01

鳥谷敬が語った夢までの道程
「高校卒業まで自宅で自主練はしなかった」

  • 田中亘●撮影 photo by Tanaka Wataru

多くの野球漫画を描いてきたクロマツ その鳥谷の言葉を、クロマツはあ然とした表情で聞いていた。幼い時からプロ野球選手になる夢を抱いて必死に練習したものの、高校時代にそれを諦めた過去があったからだ。

「高校の野球部に入って140キロくらいの球を見た時に、圧倒的な差を感じたんです。あと、チャンスで打席に立つと膝がガクガク震えるんですよ(笑)。人前に立ってパフォーマンスをすることが得意ではないことに気がついて、プロ野球選手になることを諦めたんです」

 しかしクロマツは、新たに志した「漫画家になる」という夢にまい進する。宝塚造形芸術大学(現・宝塚大学)の絵画学科油絵専攻に進学し、2005年に第52回ヤングマガジンちばてつや賞を受賞。自らの競技経験を生かし、あらゆる角度から野球の魅力を伝える作品を世に送り出してきた。

「鳥谷選手が先ほど言ったように、『向いていない』という気づきがあったから、自分を見つめ直して『家で書き溜めたものを出す漫画家は、性に合っているかもしれない』と新たな一歩を踏み出すことができた。そのあとも苦しいことはたくさんありましたけど、夢を叶えて自分の作品が書店に並んだ時はうれしかったですよ。こうして、鳥谷選手と一緒にイベントに出ることもできましたし(笑)。

 プロになって思うのは、ひとつ得意なことを伸ばすことも夢を実現させるひとつの手だということ。漫画家の仕事を大きく分けると、『ストーリー作り』と『絵を描く』のふたつですが、意外と両立できている人は少ないんです。それでも、どちらかに秀でていれば『原作・作画』という形で作品を作ることができますからね。苦手なことがある子もいると思うんですけど、自分を追い込みすぎずに頑張っていればチャンスは巡ってくると思います」

自身の今後についても語った鳥谷 トークショーの途中では、「絵が大の苦手」という鳥谷から「どうしたらうまく描くことができますか?」という質問も。それにクロマツが「野球の素振りと一緒ですよ(笑)」と答えると、会場は笑いに包まれた。

 終始、和やかな雰囲気で進んだやりとりの最後に、来季の去就が注目される鳥谷が今後について語った。

「プロ野球では、ドラフトにかかった瞬間に『夢を叶えた』と満足してしまう選手もいます。でも、そこで新しい夢を見つけないと落ちていってしまう。僕の場合は『メジャーリーガーになること』で、叶えることはできませんでしたが、さまざまな記録を含めた新しい目標を立ててプレーを続けてきました。それは選手生活を終えた後も変わらないことだと思います。

 今でも大事にしているのが、小学校の時にコーチにもらった『ピンチと思うな。チャンスと思え』という言葉です。今年で阪神を辞めることも、ピンチではなくチャンス。子供たちにも、苦しいことがあってもそれは自分が成長できるチャンスなんだと思って、いろんなことにチャレンジしてほしいです」

 夢を叶えた後も人生は続く。結果がすべてのプロの世界で、鳥谷とクロマツは新しい目標に向かって進む姿を見せ続けてくれるだろう。

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