八重樫幸雄に巨人レギュラーの可能性「トレードの話があったみたい」 (3ページ目)

  • 長谷川晶一●取材・文 text by Hasegawa Shoichi

――後の記事などを読むと、「当時のベテラン選手たちは広岡さんの指導に反発していた」という内容が目立ちますけど、八重樫さんはどうでしたか?

八重樫 前回も言ったけど、僕自身は「とにかく自分には厳しく」というタイプだったから、むしろ広岡さんの野球とか考え方と合っていたと思いますね。まだ中堅選手だったというのもよかったのかもしれないな。もしベテランだったら、自分なりの考えとかポリシーとかが出来上がっていて、広岡さんに反発心を持ったかもしれないからね。

――そういえば、1980年代のエースとなる尾花高夫さんも、「広岡さんの教えは自分の考え方と合っていたし、新人時代に広岡監督に鍛えられてよかった」と言っていました。

八重樫 当時の尾花はフィールディングに難があったんですよ。バント処理の練習をしても、彼はいつもサードに暴投ばかり。広岡さんの場合は「できたヤツから、終わりにしていい」という考えだから、尾花はいつまで経っても終わることができない。それでも、イヤな顔せずに黙々と練習していましたね。そのおかげでしょうね、彼が成長できたのは。

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―― 一方、当時ベテランだった若松勉さん、あるいはパ・リーグ時代にすでにタイトルを獲得していた大杉勝男さんたちは、広岡さんに対してかなり反発したんじゃないですか?

八重樫 若松さんが反発したのは、「お前なんて、他球団に行けばたいしたことないんだ」って言われたから。ある時、若松さんが肉離れを起こして二軍行きを訴えても無視されたんで、「筋が切れてもいい」という思いで全力疾走したのに、「意外と切れないものだね」って思ったらしいよ(笑)。大杉さんも、いろいろ不満はあったみたいだね。

――以前、この連載で「三原監督からは一度だけ、"ようやく本物になったね"と褒められた」と伺いました。広岡さんには何か声をかけてもらったことはありますか?

八重樫 何もなかったかな(笑)。今は「褒めて育てる」という考え方が主流なのかもしれないけど、僕らは褒められることなんてなかったし、褒められると逆に、「冗談を言っているのかな?」って感じるぐらいだから、それが普通だったんですよ。最初に言ったように、広岡さんは常にビシッとしていて、笑顔を見せたり、だらっとした姿を見せたりすることはなかったから、褒められなくても全然気にならなかったな。

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