飯田哲也がベンチの指示を無視。超絶バックホームは直感から生まれた

  • 長谷川晶一●取材・文 text by Hasegawa Shoichi

西武×ヤクルト "伝説"となった日本シリーズの記憶(40)

【リードオフマン】ヤクルト・飯田哲也 後編

(前編の記事はこちら>>)

【ベンチの指示を無視して前進守備を敷いた】

――1993(平成5)年の日本シリーズ第4戦。飯田さんの言う「生涯一のベストプレー」が生まれました。スワローズの2勝1敗で迎えた第4戦は、先発・川崎憲次郎投手が力投を続け、1-0のまま迎えた8回表、ライオンズの攻撃。ツーアウト一、二塁で、打者は鈴木健選手でした。

飯田 ここは1点もやれない場面でした。でも、同時に「(逆転となる)2点目を与えてもいけない」という場面でもありました。セオリーで言えば、「1点あげてもいいから、後ろに守れ」というのが正解だと思います。でも、僕は「1点をあげたら負けてしまう」という思いがあったので、ベンチからの指示を無視して前に守りました。

打撃、守備、走塁すべてでファンを魅了した飯田 photo by Sankei Visual打撃、守備、走塁すべてでファンを魅了した飯田 photo by Sankei Visual――ベンチからの指示を無視したのは飯田さんの"直感"ですか?

飯田 この日はものすごい強風で、打者にとっては逆風だったことも理由のひとつだし、バッターの打球傾向のデータもあったし、先ほど言ったように「1点もあげたくない」という思いもあったからですね。でも、正直に言えば、直感だったと思います。

――センターを守っていて、バッテリーの配球というのは、守備位置の決定にどの程度影響を受けるものなのですか?

飯田 基本的には打球傾向のデータを参考にしますし、ベンチからの指示もあります。そして、守っている時は(キャッチャーの)古田(敦也)さんが構えるミットの位置に自分の体重を乗っけながら守ります。たとえば、川崎の場合は、古田さんが右打者のインサイドに構えればストレートかシュート。真ん中ならばフォーク、外に構えればスライダー。そんな感じで球種を読みながら守っています。

――この時にマウンドに上がっていた川崎投手は、前年は故障に泣き、日本シリーズに出られませんでした。ベンチの指示を無視してまで、「1点も与えない」というのは、「川崎に勝たせたい」という意識があったからですか?

飯田 それはないです。日本シリーズというのは、チームが勝つならば、誰が打ってもいいし、誰が投げてもいいんです。たとえヒットが打てなくて、相手のエラーで点が入ったとしても、とにかく勝てばいい。だから、この時も「川崎のために」という思いはありませんでした。

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