2019.09.13

池山隆寛が広沢克己のあのプレーに言及
「野球の歴史を変えたのは事実」

  • 長谷川晶一●取材・文 text by Hasegawa Shoichi

【1992年の悔しさがあったから、1993年に日本一になった】

――あらためて、1992年の日本シリーズを振り返っていただきたいのですが、スワローズの1勝3敗で迎えた第5戦。6-6の延長10回表、池山さんは潮崎哲也投手から決勝ホームランを放っています。ご自身の著書では「このホームランは忘れられない」と書いていましたね。

池山 あの試合は「負けたら終わり」という試合だったし、「ここで負けたら神宮には帰れない」という試合だったんです。「潮崎=シンカー」というイメージがあったけど、このシンカーは苦労しました。あのホームランを打った時はインコースのストレートでしたね。

映像を見ながら当時を振り返る池山氏 photo by Sankei Visual――打たれた潮崎さんは「池山さんに完璧に読まれていた」と語っていましたが、実際はそうではなかったんですか?

池山 無心でバットを思い切り振り抜いたのが、たまたまよかっただけです(笑)。でも、その後も何度も日本シリーズに出場したけど、自分の打席として言えば、このホームランがもっとも印象深いですね。

――池山さんの一発でスワローズは勝利し、神宮球場に戻れることになりました。第6戦は秦真司さんのサヨナラホームランでスワローズが勝利。3勝3敗の逆王手をかけたものの、第7戦は惜敗。この年の日本シリーズについて、あらためてどんな感想をお持ちですか?

池山 この年の日本シリーズで強く印象に残っているのは、第7戦の広沢さんのスライディングの場面です。

――1-1の同点で迎えた7回裏、ワンアウト満塁の場面で代打・杉浦享さんが登場し、セカンドへのゴロをライオンズ・辻発彦選手が好捕。ホームに送球して、三塁走者の広沢さんがアウトとなった場面ですね。この場面については、スワローズ、ライオンズ双方の方たちが「印象的な場面」と口にしています。

池山 この年、負けたのは全部、広沢さんのせいだよ(笑)。というのは冗談だけど。辻さんのファインプレーでもありますが、僕が三塁走者だったら絶対にセーフになっていたと思うんですよね。でも、このプレーがきっかけとなって、翌1993年のユマキャンプは、いきなり走塁練習からスタートしたし、このときの悔しさがあったから、1993年の日本一にもつながったんだと思います。あれはあれで、意味のあるプレーだったんだと思います。

――野村さんは、「この走塁の結果、いわゆるギャンブルスタートが生まれた」と言っていました。一方の広沢さんは「オレの走塁の結果、新しい戦術が誕生したのだから、あれはギャンブルスタートではなく、"広沢スタート"だ」とも言っていました。

池山 いかにも広沢さんらしいな(笑)。でも、あのプレーをきっかけに、確かに野球の歴史が変わったのは事実かもしれないですね。

(後編に続く)

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