平石洋介が振り返りたくない高校時代。松坂の存在がその想いを変えた (3ページ目)

  • 田口元義●文 text by Taguchi Genki
  • photo by Jiji Photo

 一方で、平石は上重とは真逆の考えだった。

「普通にアウトにしていればチェンジになるところだったわけですから、このままズルズルいくのもな......と。あの試合での本橋の守備を考えれば、(上重)聡のように想定内にするべきだったかもしれませんけど。言葉では言い表せないんですよ、こういう感覚って。どっちが正しいとかありませんから」

 一度、試合を止めたかった平石は、ライトから声を張り上げた。

「タイムや! タイムかけろ!」

 しかし、その声は届かなかった。ただ、上重も焦っていたわけではなかった。ボール球で様子を見ようとバッテリー間では決まった。だが、その外すはずのストレートが真ん中へと入ってしまったのだ。快音とともに右中間へ舞い上がった常盤良太の打球を、平石は追おうとはしなかった。

「完璧やな。いったわ、これ」

 本塁打による痛恨の2失点。この時の心情を、現在の平石は「きれいごとを言えば、半々ですね」と俯瞰した。

「『まだいける!』という前向きな気持ちと、『さすがに終わりやな』というあきらめの気持ちが半々。でも、本音は3:7、いや2:8ぐらいで『きついな』っていう感情が上回っていました。ずっと『横浜を倒して日本一になる!』ってやってきましたし、キャプテンとして『落ち込みたくない』とも思っていたので、ホームランを打たれたあとも『まだや! 終わってへんぞ!』って声をかけていましたけど......心のなかでは『2点か、えらいことになったな』って」

 17回裏、PL学園は三者凡退に終わった。スタンドで戦況を見つめていたコーチの清水孝悦(たかよし)は、勝敗を分けたのは"執念"と言う。

「横浜の渡辺(元智)監督は『負けたらいい試合が台無しだ。絶対に勝て!』と言っていたみたいですね。でもPLは、本当の意味で全員がそういう気持ちで戦っていなかったんでしょう。平石はようやってくれましたけど、やっぱり悔しかったですね」

 試合終了後も平石は「勝てた試合やった」と敗戦を受け止められずにいた。時計の針は正午を過ぎていた。試合開始から3時間30分以上が経っていた。5回あたりまでまだ空席もあったスタンドが、立錐の余地もないほど観客で埋め尽くされていた。その大観衆が死闘を演じた両校の選手たちに拍手を送っている。それは前例のないスタンディングオベーションだった。

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