2019.09.08

借金返済のためプロ野球に「転職」。
酒豪打者・永淵洋三の数奇な人生

  • 高橋安幸●文 text by Takahashi Yasuyuki

 厚生課という部署で「金を扱う仕事」をしていた永淵さん。ストックされた金を「ちょこちょこつまみ食いして」飲み代にしてしまっていた。本社への送金は1年に一度でよかったため、期限までは「自由になる金」があり、1年で30万円を「借金」してしまった。今の貨幣価値に換算すると、200万円は超えているかもしれない。まさに今だから言える話を明かしながら、今度は照れ笑いとも苦笑いとも違った笑い声が響いた。

「それでとうとう、あの娘とは何もなかった。今思えば馬鹿みたいだけど、借金、いつかはバレますからね、返さないといけない。でも、知り合いも誰も金貸してくれなかった。なんとかせんとならない、と思って、これはプロ野球に入るしかないと」

 あくまでも借金のことは伏せて、先輩の伊丹にすがった。近鉄の球団社長、芥田(あくた)武夫が伊丹にとっては早稲田大の先輩だった関係がものを言って、契約金300万円、月給10万円で入団が決まった。

「契約金は東芝の給料の100倍でしたから、それで借金をすぐ返して、プロ野球へ入ったんです。一応、ドラフトで指名されてますが、伊丹さんの紹介でお願いして入ったようなもので……。そういった、人との出会いが人生を左右する、というのはありますね」

 縁故採用的な入団とはいえ、小柄でも飛距離が出る打撃に加え俊足、さらには投手としても評価された。ノンプロ時代、のちに大洋(現・DeNA)でエースとなる日本石油の平松政次と投げ合い、強力打線相手に延長10回まで0点に抑えたときには、他球団も注目したという。

「そのなかで近鉄は左ピッチャーが鈴木啓示しかいないような状態。それですんなりと話が決まったみたいです。僕もね、それじゃあもう一度、ピッチャーやってみようかと」

 ところが、明石キャンプでの紅白戦。新人の永淵投手にひとつの指示が出される。