2019.07.23

愛甲猛が証言。球界の革命児が
オヤジと呼んだ本物のフィクサーの存在

  • 高橋安幸●文 text by Takahashi Yasuyuki
  • photo by Kyodo News

 そして、その直後に西武ライオンズが誕生したのだが、同一資本がプロとアマの野球チームを同時に持つのは初めてのケース。そのため既存のプロ球団に大きな脅威を与え、「西武は大学や高校の有望選手をプリンスホテルに入社させて、ドラフト外でトンネル入団させるのではないか」、「西武はプリンスを実質的なファームにするのではないか」といった疑惑が真剣にささやかれていた。

 1980年夏の甲子園優勝投手で、同年のドラフト上位指名候補だった愛甲。総支配人という立場ながらプリンスホテルから声をかけられたわけで、事実上、硬式野球部にスカウトされたということだったのか。

「10月頃から頻繁に、ハイランドの幅さんの自宅に遊びに行くようになったんです。息子さんがふたりいて、お兄ちゃんは僕より年上でした。だから、お付き合いさせてもらっているうちに『幅家の次男』って言われるようになって。僕は僕で『オヤジ』と呼ばせてもらって。そしたら『プリンスへ来い』って話になったわけです」

 幅は、同ホテル生え抜きの取締役総支配人で、立場的にはホテルマンとしての石毛の才能を見込んだことで知られる古川澄男と変わらない。ただ、古川が東京プリンスグループの総支配人だったのに対し、幅は愛甲が言うとおり5つのプリンスグループを取り仕切っていた。すでに故人だが、最終的には副社長にまで上り詰めている。

「プリンスにいろんなところからいい選手を獲ってきたり、西武にいい選手が入ったり。全部、裏で動いていたのがオヤジだったんです。表向きは根本さんがフィクサーで、いろんな裏工作をしていたように見えて、じつはオヤジが動いていた。だから、その当時の根本さんにとって幅さんは親分的な存在で、本当のフィクサーですよね。だって、根本さんが『オヤジ』って呼んでいたんですから」

(つづく)

(=敬称略)

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