2019.07.11

中日・大野雄大の運命を変えた試合。
「もう辞めたい」→ドラ1になる

  • 谷上史朗●文 text by Tanigami Shiro
  • photo by Kyodo News

あの時もキミはすごかった~中日・大野雄大編

 もう9年前の話になる。関西ローカルのあるテレビ番組のロケで、我が家にお笑い芸人のブラックマヨネーズのふたりが来たことがあった。収録の合間、それまで笑いを取り続けていた吉田敬が何かの拍子で、出身中学の話題を切り出した。

「京都の藤森(ふじのもり)中学って言うんですけど、卒業生に有名人が3人いて、ひとりは倖田來未、もうひとりがサッカーの松井大輔、そしてオレ。なかなかすごくないですか?」

 たしかに……と頷きながら、別の理由で藤森中学の名に反応していた。なぜなら、当時ドラフト候補として頻繁に取材していた佛教大のエース・大野雄大もそこの中学出身と知っていたからだ。

京都外大西から佛教大に進み、大野雄大の才能は一気に開花した そこで吉田に「今度のドラフトで、間違いなくプロに行く大野雄大というピッチャーも藤森中学です。必ずプロで活躍しますので、ぜひ覚えておいてください」と強く推薦した。

 しばらくして大野にそのことを伝えると、大いに喜び、ふたりに書いてもらったサインボールを持参していたところ、その横にマジックで”大野雄大”大きく書き込んだ。「藤森中学4人目の有名人になります!」と宣言し、”ブラマヨさんよろしくお願いします!”のひと言も書き加えた。

 こうして完成したなんとも豪華なサインボールは、今も我が家のリビングに飾られており、ふとした時に眺めると、大野を追いかけていたあの頃の記憶が鮮明に蘇ってくる。

 なかでも強く印象に残っているのが「僕の運命を変えた試合があるんです。これまでの野球人生で一番大きな試合です」と大野が語った試合のことだ。

 藤森中の2年春に行なわれたある練習試合。大野は3対0とリードで迎えた最終回にマウンドに上がった。ところがストライクがまったく入らず、6者連続フォアボールで同点に追いつかれ降板となった。試合後、観戦に訪れていた母に「もう野球を辞めたい」と涙ながらに口にしたという。

「とにかく情けなくて、悔しくて……でも、あの時に本気でうまくなりたいと思えたから、変われたんです」