2019.06.18

エース引き抜き、徹夜で連投…。
土橋正幸が語っていた昭和のプロ野球

  • 高橋安幸●文 text by Takahashi Yasuyuki

「あれはね、少年野球の子どもに真似してほしくない、というのがあったんです。われわれ指導に行って、子どもたちを見てますから。だいたい、あんまりいいもんじゃないですよね。まぁ、本人がいいか悪いかは別ですよ。でも、完投勝ちで試合終了とかならまだいいけど、三振取るたびに吠えたりするのはね、はなっからよくない。だから、われわれの時代のエースは誰もやらなかった……。勝負というものは、相手がいて初めて勝負なんです。沢村賞を獲るようなピッチャーには、そこをわかってもらいたいんですよ」

* * *

 取材の翌日、担当編集者宛に土橋さんから電話があり、〈長嶋さんと一緒に写っているベースボールマガジンの表紙のコピーを自宅に送ってもらえないでしょうか。孫に見せてやりたいんです〉と言われたという。僕はすぐさまコピーを取って速達で郵送した。

 土橋さんと長嶋は1958年のオールスターに初出場。パ・リーグ監督の三原脩は「ほかのヤツに打たれてもいいけど、長嶋だけには絶対打たすな」と投手たちに指示した。土橋さんは「わたしも16三振を取って行った手前さ、長嶋を三振に取ってね」と言っていた。表紙がその勝負の記憶を呼び覚ましたのだった。

 翌日、書店で立ち読みしていたら着信があり、見ると〈非通知設定〉で、店を出ながら気のない感じで「はい」と出たら、「高橋さんですか? 土橋でございます」としゃがれた声が聞こえて気が動転した。「先ほどいただきました。これで孫に自慢できます。ありがとうございました」と言う土橋さんに僕は恐縮して「はい」「そうですか」と繰り返すばかりだったが、丁寧で品のある口調に身が引き締まる思いがした。土橋さんから田中に出された要望が、頭の中に再び浮かび上がった。

(2012年4月14日・取材)

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