斉藤和巳が燃え尽きた試合。絶望へと繋がる稲葉篤紀に投じたあの一球 (2ページ目)

  • 元永知宏●取材・文 text by Motonaga Tomohiro
  • photo by Kyodo News

【五番・稲葉に対して計算どおりの投球】

 二番の田中賢介が送りバントで森本を二塁へ進めた。ワンアウト二塁で、三番の小笠原道大が打席に向かう。

「森脇浩司監督代行がマウンドに来たので、小笠原さんを敬遠して(フェルナンド・)セギノール勝負を指示されると思っていました。ところが森脇さんは『和巳、どうしたい?』と聞いてきた。僕は勝つこと優先なので、プライドなんて関係ない。『敬遠します』と言いました」

 四番は斉藤が"カモ"にしていたセギノールだった。その後には稲葉篤紀、新庄が控えていた。

「セギノールで勝負というよりも、セギノールでダブルプレーを取りたかった。だけど、『あんまり欲張っても』と思ったので、三振を取りにいきました」

 狙いどおりに三振を奪った斉藤は、ツーアウト一、二塁で稲葉を迎 えた。このシーズン、打率3割0分7厘、26本塁打、75打点を挙げた稲葉はチャンスに強いバッターだ。

「もうランナーは関係ない。稲葉さんとの勝負だと思いました。『このバッターさえ抑えれば延長戦になる。球数を考えれば、最後だろう』と。もし稲葉さんに打たれれば、サヨナラ負けが決まる。そうなれば、長かったシーズンがそこで終わる。力を振り絞ってギアを上げました」

 初球の渾身のストレートはアウトコースに外れてボールの判定。このとき、稲葉はフォークに狙いを定めていたのだが、斉藤が知るはずもない。

「際どいところでボールになりましたが、ここまでは計算どおりでした。ツーボールにはしたくない。ストレートは続けにくいから、2球目にフォークを選びました。僕はよくストライクゾーンの低めにフォークを落としてゴロを打たせていたんですが、稲葉さんに引っかけさせたかった。投げたコースも計算どおり。ただ、ほんの少しだけ甘く入ってしまった」

 稲葉が捉えた打球は斉藤の左に転がり、それを捕ろうとしてグラブを伸ばしたが、届かなかった。斉藤は倒れ込んだままの姿勢で、打球を目で追った。

「際どいところに打球が飛んだのは、ファイターズに勢いがあったから。自分の力のなさも痛感しましたが、彼らはやっぱり強かった。勢いと強さが最後のプレーに出たと思う」

 打球は試合出場経験の少ないセカンド・仲澤忠厚とセカンドベースの間に飛んだ。仲澤は横っ飛びで捕ろうとした。

「パッと見た瞬間に、仲澤が捕れそうな位置にいるのがわかりました。(ショートの川﨑宗則が待つ)二塁へのトスがふわっと浮いて『セーフかも・・・・・・』と思った後に塁審が両手を広げて、その瞬間に森本がホームに走るのが見えました。もう間に合わへん。『すべてが終わったな』と思いました」

 キャッチャーの的場直樹が川﨑からの送球を受けたときにはもう、森本がホームを踏んでいた。それを見たスタジアムの観客とファイターズの選手たちが喜びを爆発させた。

 一方の斉藤は、マウンドに手を着いたまま動けなかった。その瞬間は、何の感情も沸いてこなかった。

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