斉藤和巳が松坂世代に抱いたジェラシー「20勝してもまだ足りない」 (2ページ目)

  • 元永知宏●取材・文 text by Motonaga Tomohiro
  • photo by Kyodo News

【「松坂世代」に勝つには成績を残すしかない】

 2002年に73勝65敗2分、勝率5割2分9厘で2位に終わったホークスは、2003年には勝利数を9増やし、敗戦数は10も減らした。勝率は5割9分9厘に跳ね上がった。

 しかし、2003年に斉藤が投手部門のタイトルを総なめにした後も、松坂世代に対するジェラシーは消えなかった。

 斉藤が続ける。

「20勝してからも、それはずっとありました。彼らが高校時代から培ってきたものは、1年ぐらい活躍しただけではひっくり返せない。オフシーズンの取材やテレビ出演も、彼らのほうが多かった。『20勝してもまだ足りないのか』と思いました。他球団を見れば松坂がいて、松坂大輔はやっぱり松坂大輔なんですよ。だから『あいつを超えるには、数字で勝ち続けるしかないんやな』と」
 
 アマチュア時代の実績はプロでは何の関係もない。だが、甲子園のヒーローたちは依然として輝きを放ち続けていた。斉藤には、「甲子園に出ていない」という負い目があった。

「もう、松坂世代には絶対に負けんぞという、僕の意地だけですね。彼らには甲子園の実績があるけど、僕は真っ白。高校時代に戻ることはできないので、プロで成績を残すしかない。僕が勝てるとしたら、数字だけ。本心を言うと、甲子園を経験した人がうらやましかった」

【斉藤の第一印象は「デカくて怖い」】
 
 斉藤より3歳下の杉内は、斉藤和巳という投手のことをあまり知らなかった。「肩を痛めたドラフト1位」程度の情報しか持っていなかった。

 杉内が入団当時を振り返る。

「入団する前はあまりプロ野球を見る機会がありませんでした。和巳さんのことはもちろん知ってはいましたが、詳しいことは全然・・・・・・。僕が入る前に何勝かしたかな、という感じ。第一印象は『でかい』と『怖い』でしたね」

 身長175センチの杉内よりも、斉藤は17センチも大きい。頭ひとつ分は違っている。

「入団した2002年は、周囲を見渡す余裕が僕にはなかった。キャンプは、僕が一軍スタートで和巳さんが二軍だったから、顔を合わせる機会がなかった。何かしら会話はしたと思うんですが、印象に残るものはない。全然、覚えてないです」

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