平野謙は森祇晶から学んだ。「2戦目重視」と「負けない野球」の神髄 (2ページ目)

  • 長谷川晶一●取材・文 text by Hasegawa Shoichi

――ダイヤモンドペガサスの監督経験を通じて、そう感じますか?

平野 感じますね。BCリーグは東地区と西地区の覇者同士で優勝決定戦を行なうんですけど、昨年は東がうちで、西が福井(ミラクルエレファンツ)だったんです。うちには(アレックス・)トレースっていうエースがいるんですけど、僕は彼を2戦目の先発に起用しました。初戦を捨てるつもりでやると、割とやりやすいんです。このときも初戦を取ったおかげで2戦目も勝利して、そのまま最後まで勝つことができましたから。

――平野さんも、森野球の「2戦目必勝主義」を継承されていたんですね。

平野 そんな意識はなかったんですけどね。日本シリーズの話で言えば、泰源は常に淡々と投げることができるピッチャーで、自分に与えられた仕事をきちんとやり遂げるというタイプ。だから、監督としても頼りになったんで、2年続けて泰源が2戦目の先発になったんじゃないですか?

「森野球」とは、手堅い作戦による「負けない野球」

――6年間、森監督のもとでプレーをしましたが、あらためて「森野球」とはどんな野球だったと思いますか?

平野 いろいろな野球があるけど、森さんの野球は「負けない野球」です。僕も今、監督として選手たちによく「打ち勝つ野球というのは、しょっちゅうできるものではない」と話をします。ピッチャーがしっかり投げて、しっかり守って、何とか最少得点差、僅差で勝つ。それが森さんの野球だと思います。ピッチャーは先取点を取られないように何とか頑張る。野手は何とかして先取点を奪うために、自分の役割を演じる。そういう野球でしょうね。

映像を見ながら当時を振り返る平野氏 photo by Hasegawa Shoichi映像を見ながら当時を振り返る平野氏 photo by Hasegawa Shoichi――となると、かなり手堅い野球になりますね。

平野 そうですね。僕の記憶では、試合の序盤、点差がついていないときは、僕の場合はバントばかりでした。点差が開いていないときにバント以外のサインが出たことは、ほぼなかったんじゃないかなぁ? 積極的に動くのは、ある程度の点差が開いて優位な展開になった試合の中盤、終盤になってからという感じですね。投手の継投もまさにそう。僕自身も、選手たちには「負けない野球をしよう」と言っています。

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